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日本人からリーダーシップがなくなったのはいつか?

日本人にリーダーシップがなくなったのはいつでしょう?

私は西南戦争以降から実力主義から学歴主義に変化した中で徐々に変化したものと思います

教育自体が「一点もの」の教育から「大量生産」に変化してしまいました

例えば先生と生徒の数がそうで、位の高い武士は家庭教師を付けて子弟を教育しましたから、文字通り個別指導でした、また、下級武士も現代のように30人クラスのような大雑把なものではなく武士の住む地区ごとの数人ごとのごく小規模な教育をうけていました
茶畑2017年5月12日

当然ですが先生一人あたりの生徒数が少ないほどきめ細かく指導できます

また、一定以上の位の武士の家には年末年始や行事があると大勢のお客や家臣が来ますから礼儀作法も身につきます

さらに当時は階級社会なので、子供でも家が武士と言うだけで農家のおじいさんが敬語を使ってくる時代です、子供と言えどヘラヘラできない時代でした

これは商人や農家でもだいたい同じです

階級社会では社会の中での自分の階級に合う立ち振る舞うをしないと行けない時代でした

当時みんな、自分の階級っぽい立ち居振る舞いをする中で、武士や庄屋、商人の一部の人達は
皆から尊敬の念を持たれるようになりみんなを率いるものが現れていました
それは完全に実力と人望に基づくものでした

ですから、リーダーシップが「あるように」振る舞うよう当時の人たちは心がけていたのです
リーダーシップがあるように見せようと頑張ってただけなのです


一方、各地に(経理・機械など)専門学校や大学ができると話は変わります

それまでの「立派な人っぽく見せる」という努力がいつの間にか
大卒資格や専門学校での技術という数字や免許状で表せるものに変わってしまいました

これは軍人も同じで、明治維新の戊辰戦争に参加していない士官にとっては、
士官学校卒業時の順位だけが自分の実力の「証明」になります

ですから、次第に日本人から「リーダーシップ」は失われ「資格」「点数」「免許状」が幅を利かせる時代になったのです。
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