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社長はニュースに出るべきか?

 社長がニュースに出るというのはそれだけ強大な企業であるという1つの証明にはなるだろう。
 つまり、その会社が世の中で一角の存在になっており、注目されるに足るだけの事業をしている事の証になるからだ。

 これまで歴史に残るような企業を率いていた経営者たちの多くもメディア好きとメディア嫌いに区別できるが、
世の中の多くの企業は誰にも知られずひっそりと消えてしまうことがほとんどだ。

 ココからは、これまでに特筆すべき経営者たちのメディア戦略を幾つか紹介しよう。

孫正義:特筆すべきなのはステマ(ステルスマーケティング)の酷さだ。
代表的なメディア戦略は白い北海道犬でお馴染みのお父さんシリーズだ。犬の子供が黒人と日本人というのは差別的表現であると言えるが、ほとんどの日本人は無邪気に契約しているので支障はないのだろう。
SMAPを使っていた時期もある。
アップルはアイフォンの販売についてその国の2位、3位の携帯電話会社に委ねることが多い(なぜならアップルが有利に取引契約を結べるので)、その結果、ニュースに取り上げられるときも「アップルのスマートフォンアイフォンがソフトバンクから発売」という感じでニュースの主語を乗っ取られるという屈辱を受け入れても結果としてシェアを伸ばすことに成功した。

LINE:これもステマがひどい。芸能人に「LINEやってる」と連呼させるのは典型的な〇国のやり方だ。
私としてはこれ以上述べるつもりはない

JPモルガン(ジョンピアポントモルガン):アメリカの20世紀前半で最も力を持っていた一人。
当時の最先端企業である大陸横断鉄道や、製鉄、電信を支配した。
JPモルガンは鼻の形が悪くカメラが嫌いだった。
そのため、撮影された写真は必ず「修正」してから掲載された。


岩谷松平:鹿児島の人で、明治期にタバコを売ることで財をなし、長者番付に乗った。
岩谷は派手な広告で事業をアピールした。岩谷はシンボルマークとして丸に十[5]、イメージキャラクターとして天狗を用いた。またシンボルカラーとして赤を採用し、赤づくめの衣装を着て、赤い馬車に乗って街中を練り歩き、人々に声をかけた。岩谷は自邸も赤で統一しており、妻の葬儀の際には赤い棺を用いたという。
商売敵であった村井商会の村井吉兵衛も大規模な広告で対抗し、白いのぼりを揚げた楽隊に商品のテーマソングを演奏させて行進した。両社の広告合戦はエスカレートし、時には騒動をもたらすこともあった
コーポレートカラーを赤に決め、事あるごとに用いることでイメージ戦略を始めた。
広告には天狗の絵や裸婦を用いることが多かった。
煙草産業の大立者となり、東洋煙草大王の異名を取る。店頭に「勿驚(おどろくなかれ)税金たつた百萬円」、「慈善職工五萬人」と大きく書くなどして、自分の事業が国益に貢献しており、「国益の親玉」であるとアピールした。

サンディ・ワイル(現在の形のシティバンクを作った)
サンディ・ワイルの経営の特徴は、「ブランドを買う」というところだ。つまり、地道に宣伝をして信頼と知名度を得るのではなく、「買ってしまう」というものだ。
彼は仲間たちと証券会社を始めるのだが、いろいろな「老舗」を買うことに注力した、起業するときに創業者たちは愛着と深い意味を込めて社名を名付けるものだが、ワイルは社名を成長とともに変えていくヤドカリの殻のように考えている。
その結果、彼らは買収された企業の方の名前を名乗ることで時間を買ったのだ。
その後、カードで有名なアメリカンエキスプレスと合併させることに成功する。
しかし、彼はその後の戦略の行き違いによって取締役を解任されてしまう。
つまり、噛み付いて飲み込めると思っていたが今回は逆に主導権を奪われてしまったのだ。

彼のすごいところはここからである。
彼はコマーシャルクレジットという会社(信販会社)を買収して自ら経営をはじめ、再び大成長を始めた。
そして、再び大企業を作り上げ、またもそしてその行き着く結果として世界最大級の保険会社の1つであったトラベラーズを買収したのである。本当に恐ろしい。
そして最後に由緒あるシティバンクと合併し、アメリカ最大の金融コングロマリットを得るに至ったのである。

ここまでにしておこう。いっぱいいすぎて紹介しきれない。
私としてはサンディワイルと岩谷松平の戦略の素晴らしさには感動すら覚える。
”イメージを創る”か”イメージを買う”どちらも正解なのであろうが、やはり天才は違うのだと思った。
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