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<米国株アメリカ株テクニカル分析ブログ>ソシアルアドバンテージ 香港株、米国株、運輸株、エリオット波動、乃木坂、北野日奈子、九州のブログ

日本人は商売感覚がない

今の日本人は投資に向いていない

だから投資をしていない大勢の預金を選ぶ人たちは実は賢い

まず、日本人が投資に向かないのは経済観念が欠如していることがあげられる、例えば日本では高校や大学で文化祭をするが、お祭りなのに「価格競争」に走ってしまうところがとても多い

例えばうどん1杯250円とか焼き鳥80円のように、なぜか安売りしちゃう、
お祭りでなんで安売りするかな?

また、フリーマーケットをやる場合も「いらないもの」を持って来いという、名目でやるのだが、
そこでは結婚式の引き出物や、お中元お歳暮の「ばらしたやつ」を並べていたのだが、
どれも「100円」とか「200円」とか「捨て値」みたいな値付け


学生の頃でも思っていたけど「商才無いなこいつら」とほんと思っていた

なぜか知らないけど日本人は物を売るのが苦手だ、
なぜか安売りしちゃう

しかもそのうどん250円とかを見ている先生もそれを文化祭だから
と、見ていられるのが不思議だった


私が最近になって理由として思ったのは「言われてやっているから」「やることが目的になっているから」というのを
思った

この2つの理由を当てはめれば日本の現状と当てはまる

「言われてやっているから」
産業が複雑化した現在、最初から最後まで見届けられる商売は少なくなっている
例えば昔の肉屋は裏でニワトリを買っていて売るときにそのニワトリをしめて捌いて売っていた
また、野菜も作った人が市場(卸市場じゃなく小売の市場)まで売りに行っていたし、
もしくは背負って電車に乗って行商もしていた

だけど分業しすぎてなにやっているかわからない仕事が増えた、
つまり「半完成品」を次に流す仕事もしくは「受付だけする」(コールセンター・窓口)などの仕事が
増えたので、やる気の持ちようがない仕事が増えたのだ

例えば電子部品の製造は「自分がなにやっているか」を説明するのが難しい仕事の1つだ

なぜなら「いろんなものに使われている」けど、それが「一体何の役に立つのか?」を
上手く説明できないからだ


例えば自分が「アナログなオンオフスイッチ」を作っているとイメージしてほしい
家の電気のオンオフに使うやつだ、もし友人知人になにやってるか聞かれたときに、
どう言えば「自分がやっていることを価値があるように思わせられる」だろうか?


結構むずかしい…


例えアマゾンで高評価を受ける商品だとしてもだ

スイッチ本体の交換は簡単です。
投稿者 nanapapa トップ1000レビュアー 投稿日 2016/7/2
Amazonで購入
製品自体の取付も簡単ですが、3路回線にする場合などスイッチ本体を交換するのも簡単です。
セット品は単品購入よりもお買得な場合が多いので、うまく組み合わせて購入しましょう。

FFタイプSWから交換
投稿者 こたつでPC 投稿日 2016/8/28
Amazonで購入
フリップフロップ(シーソー)タイプの蛍スイッチから交換しました。
新築から18年蛍スイッチのランプが点灯しなくなり暗い中で不便でしたのでこのタイプへ交換する事にしました。
取り付け場所が左壁でしたので手前側を押せる様に蛍部が右側に来るように(写真と上下逆に)取り付けました。
このタイプは押す毎にON/OFFを繰り返すタイプで最初面喰いましたがその内慣れるでしょ。



例えこの5つ星レビューを見ても自尊心は持てない

今の日本では次の工程を予想できない仕事が増え、正しいのか間違ってんのかわからないで
働き続ける事が多い
前述の文化祭の準備と販売も「言われたからやる」だけで、実は本人も先生もうどんも焼き鳥も売りたくなんて
まったくもって無いわけだ、
ただ文化祭で「何かしなくちゃ」という理由でやるので
最後の1銭まで儲けるという意識なんておきない

社会人も「働いてないと社会不適合者」という社会的脅迫の中「雇ってくれるところ」で「任された仕事」をするので、
ぶっちゃけ利益なんてどうでもいい

だから「安売り」しちゃうし、「捨て値」で売っちゃうのだ

日本では安売り店が幅を聞かせているがそこにはあまり工夫の余地はない

陳列の什器も、配置も、ポップも、全国ほぼ一緒上からの支持でやっているように感じる


また「やることが目的になる」というのは
今の日本を蝕む大問題で日本では「見返りを期待しない」というのが美徳になっている

だから専門的な知識が必要な仕事をボランティアに頼んだり、部活動ではレギュラーしか試合に出さないくせに
補欠をサポート役に使おうとする

まず前者だが例えば翻訳や通訳、それからデザインなどを無償で頼もうとする自治体、個人が多い

しかし、私が自分で中国語を学んだ経験から言うと、グーグルの機械翻訳は全然正しくないし、
ヤフー知恵袋の無償の翻訳も正確性にかける
ヤフー知恵袋の人たちは優しいけど、専門家ではない分野では知らないことにはどうしても答えられない(服飾の単語、化学薬品の名前とか)
また、通訳も自分の意見が言えるのと相手の意見を正しく理解するのは難易度がぜんぜん違う

例えば喫茶店の注文でもこうだ

例)自分がドトールで注文したい客なら
「コーヒー」「オレンジジュース」「ミラノサンド」「エスプレッソ」の飲みたい単語を知っていればいい

例)自分がドトールで店員なら
「コーヒー」←わかる「オレンジジュース」←わかる「ミラノサンド」←わかる「〇〇という駅はこの店のそばですか?」←わからない

つまり自分が言いたいことは1つだけど、相手がなに言うかは完全にランダム
これを正しく聞き取るのはかなり難しい

これは「馴染みがないことば」を思い出すのを数分間で何回も繰り返すようなものだ
例えば突然スターバックスのカップのサイズの言い方を全部思い出してみよう
トール、、ショート、アリアナグランデ?(注意:アリアナグランデは歌手です)

これを数分間何回もえーと、えーとするのは大変だ、だからこれを「タダ」でしてもらおうとするのは甘えだ
東京オリンピックのガイドをタダで集めるとか、ホントクソ


また、部活動でも、とくにチームスポーツがそうだが
「補欠はレギュラーをサポートすることも役割」みたいな扱いをする所だ

全ての生徒がある程度のチャンスを与えられるべきなのに(実際、彼らの全員の親は授業料や税金を教育のために払っている)

レギュラーの為の練習と練習場になっているところが多い
部活動っておかしくね?


 部活動について検索すると色々な意見が見つかる
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テニス部で、春に レギュラーが決まるそうです。
 そのときに、レギュラーからはずれると、その年はずっと 公式戦にも出られず、 応援するだけ。 というか、ジュース買ってきて、とか言われて、言わば パシり 状態だそうです。レギュラーになれないから、 練習するにしても実が入らない。だんだん テンションが下がって いやになる… 体育祭の部活対抗リレーでも、そのレギュラー陣の中の話し合いで
出る子供が決められちゃうそうです。
走る のならば、レギュラー陣より、彼女のお嬢さんの方が、速いそうなのですが。

中高一貫校なので、これからあと何年も続く
この悩み。 好きで始めたテニスなので、簡単にやめて 他の部活に、とも考えられないらしいです。

レギュラーの子供達は、学校生活を満喫してるみたいに輝いて見える、うらやましい…
とまで。  

スタメンの親にはわからない気持ち
補欠の親にしかわからない辛さ、苦しさがあります。スタメンの親には決して理解できないでしょう。
正直、私自身何度「負けてしまえー」と願ったことか…本当に負ければ、表では「お疲れ様でした」なんてしおらしくしてみて、裏で万歳三唱!その日はひとり宴会です(笑)
勝ってしまうと、それはそれで落ち込みますね。祝勝会などは仕事を理由に失礼しちゃいます


強豪校では補欠がベンチ入り以外にも数十人出る

息子はレギュラークラスと同様、毎日部活に出席し、遅くまで活動しています
活動といっても、野球ではなく、声出しをし、練習のサポートをしたりがメインです
。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


おかしいと思いませんか?

同じ額部費を払っているのに練習の機会すら与えられない場合もあります

いつの間にか「勝利至上主義」になって、「野球(サッカー)を楽しむこと」が後回しにされています

甲子園や国立競技場が目標になっていますが実際にはマスコミを始めとする「大人の金儲け」のネタになっているに過ぎません


次の試合で勝つためにレギュラーばかり優遇し「野球が上手になる」とか「ボールが上手く蹴れるようになる」というのが
ないがしろにされています

もしレギュラーの優遇を無くしたらどうなるでしょう?

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レギュラーだけが練習場を与えられ、補欠は声出しやパシリをしなくてよくなる世界です
するとレギュラーだけが練習でき、レギュラーだけが上達した環境はなくなるので、
全員が自主練習を始めますなぜなら練習時間が一緒だからみんな伸びるチャンスと監督に見られるチャンスがあるからで、
他の部員を出し抜くには自主練習するしかありません

すると、ほんとうの意味での実力主義になるので、全員が同じ環境の「完全競争市場」が生まれます

下手な人覚えが悪い人は他人より長時間練習することで周りを出し抜けるし、上手い人も油断すると追い抜かれるので手を抜くことができません、レギュラーだけが練習できレギュラーだけが上達する世界は「完全競争市場」と言えません

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完全な競争をつくることで「やることが目的になる」という状況を抜け出すことができる


まず日本人がよくする「誰かが見ていてくれる」「悪いことをした人は何処かで報いを受けてる」というカルマ的発想を捨てるべきです、なぜならこれらの「妄想」に期待する人が多いと「完全競争市場」が成立しないからです

ほとんどの人は壁越しに透視する事もできないしその場にいないことを評価できません
なので「誰かが見ていてくれる」発想は捨てるべきです

「誰かが気づく」ことに重きを置くべきです

また「悪いことをした人は何処かで報いを受けてる」という発想も捨てましょう
憎まれっ子世にはばかるということわざもあります
法に触れている場合でも、悪人が報いを受けることはなかなかありません
中曽根元首相やナベツネを見ていればわかります

太陽の下で農作業をしているときには太陽が見守ってくれていましたが、21世紀の今、「誰か」を期待するのは愚かです




日本人の意識を変えて完全競争市場を作ることが日本人の商才を磨く方法だと考えます

上記の2つのカルマ的発想から離れ、次に評価を完全競争市場にすることで日本人の能力は開花すると考えます

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