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パターソンがレジを作る前は私たちは毎回金額を打ってた

近代セールスの父 J.H.Patterson(ジョン・ヘンリー・パターソン)は紛れもなく世界の商業活動における「聖人」の一人である

パターソンは2つの領域で活動した

1つはお金を扱う機械の製造

そして2つ目は販売に関わる事柄の教育活動である



オハイオ州の農家に生まれたパターソンはまず家族と、そして特に弟のフランクと、幾つかの商売をしていたある日、
レジスターに出会った

アメリカのコンサルティング会社ボストン・コンサルティングの分類によると、すごい儲かる企業を「スター」と呼ぶ

J.H.パターソンはオハイオ州コールトンの小さな小売店でスター企業の種「レジスター」に出会うことに成功した(ただしレジスターのスペルはRegisterだからSTAR(星)とは違うがww)

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パターソンは機械の操作説明書を読むと、実物も見ないで早速2台注文しました。機械が入って6ヶ月で店の負債は16,000ドルから3,000ドルに減り、5,000ドルの利益があがりました。不正確な記録と横領がたちどころに減少したのです。すっかりレジスターが気に入ったパターソンはさらに2台注文しました。

レジスターは無秩序と不正という古くからの間題に歯止めをかけました。今風にいえば、トランザクション処理、すなわち商品とサービスの正確な取引記録に対する市場ニーズがあったのです。
             日本NCRのライブラリより
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古典的なやり方だがレジはお金をごまかすのにとてもいい場所だ

現代でもギリシャやイタリアでは脱税が問題になっている

例えば飲食店で客が来たのに来なかったことにすれば売り上げをごまかせる

お金の出入りを簡単に集計・記録できるのがレジスターの役割だが、パターソンがレジスターに出会った1880年代、まだレジは普及していなかった

そして、パターソンが、商業活動における聖人として記録されるべき1つ目の理由がこの
「レジスターの製造販売」

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パターソンは苦い体験から、リッティの考案によるレジスターが重要な発明であることを確信しました。 1884年12月、パターソンは6,500ドルでレジスター会社のナショナル・マニュファクチャリング・カンパニーを買い取り、すぐに“The National Cash Register”と名前を変更することにしました。しかしその直後にパターソン兄弟はこの会社が損失を重ねていることに気がつき、2,000ドルでこの取引をキャンセルしたいと申し出ました。ところが売り主は、パターソンに「あなたはもう株を買ってしまったのですよ。もしあなたが、もう現金を支払ってしまって、私も株をあなたに渡してしまった後だとしても、私はそれを、贈り物としてでも返してもらおうとは思いませんよ」と告げました。

決意を固めたパターソンは、一見無謀ともおもえるナショナル・マニュファクチャリング・カンパニーの買収を行い、3日後パターソンは早くも国内各地でセールス・エージェントの勧誘を始めました。

パターソンが経営を引き継いだ1884年までのナショナル・マニュファクチャリング・カンパニーのキャッシュ・レジスター(ベル、引出し、レシート機能のない機種)の販売台数はわずか359台にすぎませんでした。以降、パターソンはさして大きくない資産と全精力を企業の取引記録を可能にするこの機械の製造販売にささげました。
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すごいのはここからATMや近代化されたレジに至るまでNCRが生き残っていることだ


プレスリリース

NCR セルフレジ市場で世界シェア1位を堅持
RBR調査レポート「Global EPOS and Self-Checkout 2015」 を発表

2015年6月29日

NCRコーポレーション(NYSE:NCR)は、RBR(Retail Banking Research)社の調査レポートにおいて、引き続きセルフレジの世界最大のサプライヤーであると認定されたことを発表いたします。 NCRの出荷台数は、5年連続して、他のすべてのベンダーの合計より多く、西ヨーロッパ、中央ヨーロッパ、東ヨーロッパとラテンアメリカを含む重要な市場でビジネスを拡大しました。

また、RBRの「Global EPOS and Self-Checkout Report 2015」によると、NCRは、POSレジ(EPOS)の出荷台数においても、北米市場での1位獲得をはじめ、シェアを拡大しております。



ATMについても、2016年に2位と3位が合併するまでは1位だった


ATM世界2位が3位を買収、首位に 米ディーボルト
2015/11/24 10:15
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 【フランクフルト=加藤貴行】現金自動預け払い機(ATM)メーカーの世界2位、米ディーボルトと同3位の独ウィンコール・ニックスドルフは23日、ディーボルトによる買収で合意したと発表した。買収額は約18億ドル(約2200億円)。新会社は米NCRを抜き、ATMの世界シェア34%の業界首位に浮上する見通し。

 ATM業界では、電子商取引の普及による先進国での投資の伸び悩みと、新興国の市場拡大が同時に進む。両社は規模を大きくし収益力を高める。

 両社はディーボルトがウィンコールの株主に対し、1株当たり現金38.98ユーロとディーボルトの普通株0.434株を割り当てることで合意。ディーボルトは2016年1~3月にTOB(株式公開買い付け)を始め、全株取得を狙う。

 新会社の社名はディーボルト・ニックスドルフで本社は米オハイオ州に置く。売上高は単純合算で52億ドル、それぞれ欧米で高いシェアを持つ。当局の承認を経て買収を終えた後の3年で1億6千万ドルのコスト削減効果を狙う。IT(情報技術)投資も強化する。

 英調査会社リテール・バンキング・リサーチによると、14年末時点で世界で300万台のATMが普及し、シェアはNCRが27%。ディーボルトとウィンコールがそれぞれ17%で競っていた。


NCRの製品は世界中でお金を数え続けてきた


このようにアメリカの古い製造業企業が生き残る例はなかなかない

IBMのように自分の事業を切り売りしてしまったり、そもそも潰れてしまったような会社も多い

アメリカの古くからの製造業は大体航空機関連、デュポンやダウ・ケミカルのような化学メーカー、
石油関連製品、そしてコーニングのような研究力で生き残った企業だけが生き残れた

アメリカの20世紀中盤以降(50年代〜80年代)は「切り離し」「手放す」「海外移転」の繰り返しだった

そしてNCRが行き詰まらずに住んだのが、創業者パターソンの2つ目の活動

「セールスエージェントの育成」である


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パターソンは成功の鍵はセールス・エージェントにあると確信し、片時も教育の手を休めませんでした。パターソンはセールス・エージェントと常に接触を保つ一連の方法、すなわちコンベンション、トレーニング・スクール、出版物、広告資料、訪問などの活動を実行しました。

パターソンがナショナル・キャッシュ・レジスター社の社長に在任した約40年間に、その薫陶を受けた幹部社員は数知れません。これらの幹部社員が転職するにつれ、パターソンから学んだ経営の方法と理念も社外に広まりました。これらの人々はNCRで企業経営を成功に導く方法について実に良く訓練を受けていたので、1910年から1930年にかけて米国企業のトップマネジメントの約6分の1はNCRの出身者が占めていました。
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NCRのセールス・エージェントはパターソンの義弟、ジョセフ・H・クレーンの編み出した効果的商談の進め方を元にした450語の手引書を暗記させられました。

パターソンはセールス・エージェントの訪問を続け、16ページの手引書について質問を行い、手引書の学習を拒んだり、手引書を暗記していないエージェントを厳しく叱責しました。
1893年、パターソンはアメリカで最初のセールス訓練学校を開設しました。校舎はNCRの工場の近くの小さな建物で、「ニレの木の下の小屋」と呼ばれ、セールス・エージェントに「商売がもっとうまくいくのを手助けするための最良の方法」を教えました。
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このようにセールスマンをOJTとか、先輩について回れとか抽象的なやり方ではなく「育成」したことでNCRの
事業基盤は盤石なものとなりました


現代の私たちは「セールス」と聞くとネガティブな印象をもってしまいがちです

例えば商店街で出くわすラッセンの版画の詐欺や
数年後には確実に「負債」になる区分所有マンションの営業などです

しかし一つの会社が大きくなるには「セールス」の技術に長けていることが必要不可欠です

いくら技術やサービスが優れているといっても、待っているだけで売れるというような商品は殆どありません

いくら優れていてもです

その点でパターソンが作ったセールスマンを育てるシステムは時代を先取りした普遍的な考え方であるといえます

また、パターソンは有る偉大な一人の人物を育てました

IBMの「Think」で有名なトーマス・J・ワトソンです

IBMについて最も有名な一言、Thinkは実はパターソンの言っていたことなのです

ワトソンがパターソンの元を去るときには、既にナンバー2のポジションまで上り詰めていました。その後彼は、C.T.R.(コンピューター・タビュレーティング・レコーディング)社に勤めました。そしてワトソンは“THINK!(考えよ)”という標語を持っていき、その後彼が行う全てのトレーニングに使ったのでした。この会社は後(1924年)に、IBMと名を改め、ワトソンは社長に就任しました。

パターソンは世界の金銭授受のやり方を変えました、レジスターを使うことでPOS管理ができ

1日の売上高の中の売れ筋商品を簡単に知ることができることができるようになったからです

パターソンは世界の商業活動における聖人と言っていいでしょう
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