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iPhoneの新作が出るぞ〜い! おはようサンフランシスコ

【8月30日 AFP】米アップル(Apple)は29日、サンフランシスコ(San Francisco)で来月7日に開催する「特別イベント」への招待状を送付した。スマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の新型モデルを披露するとみられている。

 アップルは毎年、年末商戦に合わせて新型iPhoneを発表してきた。これまでの発表会と同じく、招待状には開催日時や場所以外の情報はほとんど書かれていない。

「iPhone 7」をめぐるうわさには、ソフトウエアやカメラ、処理能力といった面での改善の他、イヤホンジャックの穴を廃したデザインが採用されるとの情報もある。(c)AFP



遠い未来、アップルコンピュータのiphoneは21世紀初頭に最も成功した工業製品として、教科書に載るかもしれません、エジプトのパピルス紙、中国の竹簡、西洋の羊皮紙の時代、人は思いついたアイデア、政府の命令、遠隔地の軍隊への司令は馬や人が走ることで届けられ、遅れたり、そもそも使者が殺され届かないこともよくありました

世界7不思議の一つアレキサンドリア図書館は、港に到着した船を臨検して書物を見つけると借りて図書館の中でペンで
たくさんの人達が書き写しを作っていました、まさに人間コピー機です

中国では「竹」という便利な素材が存在していたので、同じ幅で割って巻物を作り、それに墨で書き込みました
新しい書物がほしい時にはその本を持っている人に会い、それを複写することで新しい巻物が作られました

西洋には竹なんて無かったので、羊の皮が使われた

そして、本は貴重だったので、鎖で本と本棚を繋いで慎重に保管され、盗まれないようにさらに呪いまでかけた、「ブックカース」というそうだ

日本でも中国にならい、まず竹簡、次に手漉き紙に移行した

日本では17世紀以降、木版による印刷で大量生産されたかわら版がスキャンダルやニュース、デマを庶民に伝えた

このように、情報はすごい手間をかけて作られ集められるものだったのが、
今やアイフォンでロック解除→サファリ→キーワード→検索で、チョチョイのチョイ、グーテンベルク見たら泣くぜ?


今や世界中の人が同じプラットフォームにアクセスできる時代になった、そして皮肉にも、紙を発明した中国はインターネットに規制をかけている

秦の始皇帝の焚書坑儒と一緒じゃんwwwww

今回の新しいI-phoneにはとくに目新しい機能はないものの、アップルコンピュータの株をウォーレン・バフェットが買いましたことで、私は何かあると見込んでいる




参考までに

鎖付図書(くさりつきとしょ、英語: chained library)とは本が本棚と鎖で繋がれている図書館のことで、本を図書館外へ持ち出せないようになっているが本棚から取り出して読書できるのに十分な鎖の長さはとっている。これにより所蔵本の盗難を防いでいた[2]。このようなやり方は中世から18世紀頃までの参考図書館(図書館の大部分)の多くで採用されていた[3]。コレクションにおける参照書籍や大判の書籍といった唯一無比の価値を持つ本が鎖で繋がれていた[3]。

鎖付図書はそれほど古くからあるものではなく、中世の終わり15世紀ごろからあらわれ始め、16、17世紀に鎖付図書館は多く作られている[4]。中世には蔵書そのものが多くなく、本の保管にはアルマリウムと呼ばれる戸棚や、チェストと呼ばれた保管箱が用いられていた[4][5]。ヘレフォード大聖堂に現存するチェストは、木製で長さが約2メートル、幅、高さが約50センチメートルという大きさである。周囲には彫刻が施してあり、錠前が3つ取り付けられており、四隅に脚がついている[6]。本の紛失・盗難を防ぐため、チェストを開けたままにすることは許されず、また本を読むときもチェストに背を向けてはいけなかった[7]。本の盗難に対する呪い(ブックカース)が存在するほど、中世には本は貴重であった[8]。蔵書が増えるにつれチェストも増えていくこととなったが、鍵の管理や利便性などに大きな支障をきたすことになり、保管には専用の図書室ないしは図書館が作られることになった[9]。図書室には書見台が配置され本は鎖で書見台とつながれていた[10]。
標準的な鎖付図書は本のカバーや隅に鎖が付けられていたが、これはもし鎖を本の背に付けてしまうと棚から出し入れする時の負担で大きく摩耗してしまうためである。また、本に小さい輪を通してチェーンを付ける場所故に、本はページの前小口だけが見えるように背を奥にして収納されているが(これは現代的な図書館にとってはあべこべな収納方法である)、これによりひっくり返すことなく本を取り出して読むことができる上、鎖が絡むことも避けられる。当時の本には背表紙に著者や書名が記載されていなかったのも、このような収納方法の一因である[10]。利用者が本を捜し出すときは、書見台や本箱の端に書かれている書名のリストを参照していた。また、前小口や本を閉じるリボン・留め金に書名などの本を識別するための情報が記載され、一部では鎖に識別用の札がつけられていた[11][4]。この背を奥にしてしまう収納法は一般にも広がり、鎖がついていない個人の書斎でも利用されていた[12]。鎖は主に鉄で出来ていた棒につながれており、司書が鎖を外す時は鍵を用いていた[13]。鎖付図書は図書館の設計にも大きく影響を与えた。鎖でつながれている本は読書できる範囲が限られているため、採光の都合から建物には多くの窓を並べ、書棚は壁に対し直角に並んでいる。

学校や大学といった教育機関の外部での利用が多かったイングランドの図書館における最古の例はリンカーンシャーのグランサムにある1598年に創設されたフランシス・トリギー鎖付図書館(英語版)である。この図書館は現存していて、後の公共図書館システムの先駆けと言われている[15]。ダブリンにある1701年建設のマーシュ図書館(英語版)も非教育機関図書館で建設当初の建物に現在も入り続けていて、本が鎖につながっているわけではないが、その代わり貴重な書物の紛失を防ぐために檻の中でのみ本を読むことができた。その他ギルドフォード王立グラマースクール(英語版)やヘレフォード大聖堂(英語版)にも鎖付図書が設置されている。鎖付図書はヨーロッパ全土に広まっていったが、全ての図書館で採用されたわけではなかった。印刷数の増加で書籍の価格が下がると共に鎖付図書の採用も減っていった[13][16]。それでも鎖付図書がすぐに消えたわけではなく、18世紀末ごろまで本は鎖でつながれていた。オックスフォード大学のモードリン・カレッジで鎖が外されたのは1799年である[10]。

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ブックカース(英:book curse)とは、中世に書物の盗難を避けるために使用された、本に記載される呪いの言葉のことである。その当時は、効果的な方法であった。
ブックカースの歴史は、西暦以前にさかのぼり、その時代では、本や書物を守るために、神の怒りが利用された。中世では、これらの呪いの多数において、本来の所有者から作品を盗んだ人物に過酷な災難が訪れることが願われた。この災難には、破門や地獄行き(damnation)やアナテマなどが存在した。破門はこの中で最も軽い罰である。この理由として、中世のカトリック教会で、破門は復帰可能なものだったためである。アナテマは教会と神の保護下からの永久の追放を含む最も過酷な罰であった。しかし、破門やアナテマは、教会がだれが悪人かを知ったうえで、その人物に対して何かを行う必要があった。それに対し、地獄行きは、教会でなく創造主の御業であり、人間の干渉が不要であり、犯人の魂にすぐに訪れるものであった。これら3種の呪いは本を盗む人間に対して効果的であると考えられていた。
この時代、これらの呪いは、本を盗んだり、傷つけた人間に重大な社会的かつ宗教的制裁を与えるものであった。この理由として、これらの本は、印刷機が発展する以前は、全て貴重な作品であると考えられていたためである。




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