FPSはゲームといえるのか?ファーストパーソンシューティングの違和感

高等生物は遊ぶ



一定以上の頭脳を持つ生物は生存するために必要な事以外をすることが広く知られている

たとえばイルカは行き交う船に近づいてきて並走することが知られている、また、溺れた人間を助けることがあるということもわかっている

イルカ平成28年7月31日

1つの別種の動物としてなら、即座に攻撃することが正しい行動なのにである

また、動物園ではパンダ、チンパンジー、クマにおもちゃとしてタイヤが与えられているが、
自然界でも、彼等はおもちゃを探して遊ぶ

ヒョウやライオン、チーターなどのネコ科の生物はわざととどめを刺さずに弱らせたインパラ、ガゼルを子供の狩りの練習台に使う


人間も歴史に残っている範囲から既に遊んでおり、

洞窟の壁に壁画を残したり、縄文式土器のようにやたらとヘンテコな形の土器を作ったり、
将棋やチェスのようなゲームをしていた

また、
太平洋戦争のミッドウェー作戦の間、山本五十六は将棋をさしていたそうである(遊んでる場合かwww)


さて、私は思うのだが、FPSってゲームといえるのか?

という疑問である、とは言え私自身FPSで500時間以上遊んだことがあるのでそれを評価するにたる材料を持っていると思う

このページはFPSをやったことがある人に向けて書くので、わかりにくい点もあるかと思いますが、ご了承ください

このページのFPSとはつまり、画面中央にニョキッとライフルなりレーザー銃なり出ていて、砂漠ジャングル海岸森、そして、過去、現在、未来において出くわした敵に、鉛をプレゼントするというゲームである


大概の場合アメリカ軍視点のことが多く、ドイツ軍やロシア人と戦うことが多い

最近では中国人の場合もある

日本は?もちろん敵だよ

ぶっちゃけ、FPSではプレイヤー以外は全て的である

気づいた点は、中国の反日映画では、日本軍は残虐で手強い敵として描かれているが、アメリカ製FPSでは日本兵は
「天皇陛下バンザイ」と叫ぶファナティック(狂信的)な愚か者として描かれている気がする、
やっぱりあいつら人種差別意識あるだろ?

また、WW2をステージとしたゲームでは、概して、アメリカ装備よりドイツ軍装備の方が使えるので、
拾ったMP40をメイン武器にすることも珍しくない

動作が遅いゲームだと手榴弾をつかおうとすると逆に無防備になるので自殺行為

弾があたった時点で戦闘不能なはずなのに、しばらくしたら回復したり、回復キットで元通りになったり

まあゲームだからしょうがないけどね

FPSはただの反射神経ゲームになっている事が多い、
ニンテンドー64の007が特にそうだったwww

とにかく交戦距離(撃ちあう距離)が近すぎることが初心者を遠ざけている





《モラルの問題》
ゲームとはいえ、クリアするまでに数百人を撃ち殺すゲームを娯楽と言って良いのだろうか?
しかもそんなゲームを高校生や大学生が手にすることが本当に良いのかということだ

べつにPTA的なことじゃなくだ

日本は銃器が行き渡っていないから良いが、アメリカではホームセンターで銃が買えるのだ(頭おかしいwww)

釣具、バーベキューのコンロ、その横である

そんな国で人殺しゲームを高校生からやってたら誰か打ちたくなるんじゃないの?

《これって戦闘訓練シュミレーションなのでは?》
数年前、アメリカ軍はアメリカ軍のお金で、新兵を募集するために、ゲームを作った
それもFPSだった

それはアメリカ軍のブートキャンプ的な内容だった

FPSの普及を見逃すことで、潜在的な軍への支持を獲得できるし(ミリオタ)
軍に参加してみたいわかものも増える、つまり、FPSは宣伝をしているわけだ

《実力差出過ぎ》

これはオンライン対戦の場合だ

現実においても、アメリカ軍を一人殺すために、アフガン人やイラク人は数百人が死ぬが、
ゲームでもそうだ

初心者は虐殺されることが多い
《単純に飽きる》
エイム(狙う)こそFPSである

でも結局はターゲットをエイムするゲームにすぎないのだ、
だから第二次大戦でも未来でも一緒だ

ゲーム性が少なすぎる

しかも、謎解き要素も少なく、単に迷路っぽい道を突き進むことがほとんどだ

飽きちゃった♡




FPSってゲーム性が低いのが難点だ
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