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おそらく現代の子供は歴史的に見て最も愛に飢える子供になると見られる

家の近所の幼稚園では夜7時でも預けられた子供がいる

家の近所の学童保育では大勢の子供が金網のフェンスとボールが遠くに飛び出さないために隙間なく蓋をするように設置された網の下で恐ろしく狭い庭を走り回っている



私の予想ではこれから生まれる子供は人類の歴史の中で最も愛に飢える子供になる可能性が高い


現在、日本では子供は面倒を見るもの可愛がるものではなく預けるものになってしまっている


日本の女性は日本の男性の所得の低下のせいで就労しないといけない環境にあるため、子供を公営の保育園に預けて自分は時給1000円以下で働くという本末転倒な状況にある

私の考えでは、あまりに所得の低い九州や北東北などの場合、下手に保育所や幼稚園を税金で開設するよりも出産した人に給付金をしたほうが明らかに安上がりだと思うのだが、日本政府はそんなことは決してしない


なぜか?それは保育所のサービスはGDPに加算されるが、自宅で育児をしてもGDPには加算されないからだ
それに支持者の保育園経営者に補助金で迂回賄賂もできない


で、日本ではまだ言葉も話さないうちに子供を預けてしまうという時代に突入しているわけだが、これに既存の小学校中学校高校、進学塾、習い事、部活動、そして大学あるいは専門学校そして学童保育が加わると、まるで子供から親を引き離す前提での育児をする社会が出来上がるため、親と子供が接触せずに成長していく状況になると私は考える


その先にあるのはなにかといえば、文化の断絶と家族関係の破綻だと思う、同時に家族と同じ時間を過ごさないため言語能力や対人能力も大きく欠如するはずだ、保育士は親とは違うからだ


親と子、家族が一緒にいる時間があまりに少なければ、もはや家族は群れとしての集団ではなく同じ巣に住んでいる個体の集まりになってしまう

これでさらに親が土日祝も出勤する職場ならもっと危険で、さらに親子の接触は減る


すると共通の考え方や思い出を共有することが減るわけで、家族から知識や考え方や常識そして愛情を受け継ぐ量が減るので両親がいるのにまるで片親家庭とか施設育ちの人のようにどこかが欠けている性格になってしまうことが考えられる


もしかすると放置されすぎてテレビの見すぎで田舎に住んでいるのにきれいな標準語で喋る人とかが生まれるかもしれないww

それから同情とか共感という感情が無い人が大量に現れるかもしれない

あるいは鳥類の雛のようにたまたま目についた相手を無条件で信用してついていくかもしれない(鳥の雛は羽化して始めてみたものを親と認識する)


そして放置されすぎてそもそも愛情がよくわからないためぼんやりとした孤独感、社会的疎外感みたいなものを感じることになるかもしれない


しかも本人はその原因が何なのか気づくことすらできないのだ
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