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原子力発電は人間のやな部分をむき出しにするから嫌いだ

クレヨンがあります

クレヨンを子どもたちに与えると子どもたちは自由に絵を描きます

子供の心と子供の技術絵を描きます



さて、絵を書く時技術の上手い下手はともかくとして人間の内面が絵に現れる

今気分がいい人はオレンジや黄色や赤をたくさん使って絵を描くし、メンタルがヤバい人は黒や灰色や茶色などを使って絵を描く傾向がある

太平洋タヒチにいたゴーギャンとヨーロッパにいたゴッホの絵は全然違う

ゴーギャンの絵はTシャツにプリントしたら売れそうだが、ゴッホの絵は多分Tシャツにしてもあまり売れないはずだ


で、絵には人の内面が現れるわけだが、お金の使い方にも当然人間性は現れる


例えば貧乏でもないのに他人におごってもらおうとする人とか、試供品を多くもらうとかそんなかんじのだ

逆に言えば何をするにも人間性が大事ということか




で、人間性は困ったことに絵画だけでなく、社会のインフラである原子力発電でも姿を表し
原子力発電それ自体はただの営利事業で金儲けの道具の発電設備でしかないのに原子力発電という事業があるところでは人間の見にくい側面をむき出しにしてしまう


絵の中ならともかくとして、原子力発電がむき出しにした日本の社会のいろいろな人たちの見せる醜い人間性は私には耐えられないレベルにある

高浜町の助役と関西電力の幹部との賄賂のやり取りがニュースになっているが、そんなことは原子力発電の醜い側面のひとつでしかない

原子力発電所という高額な設備の建設と運営はたくさんの人々が群がるには十分な大きさの大きすぎるマンモス(時代遅れの巨大な怪物)なのだ、みんなが群がって自分の利益を切り分けれる程度に大規模な産業なのだ


だから原子力発電というマンモスに人々が群がるのは当然と言える


で、原子力発電が人間の醜い側面をさらけ出す1つ目は廃棄物の処理について

ウランという天然資源は濃縮される前ならただの低線量のほぼ無害な物質なのだが、濃縮されることで、とても強力なエネルギー源になる

そして核分裂反応をさせることでエネルギーを取り出せるわけだが、原子力発電の関係者と推進派が醜いのは「金をやるから田舎者がリスクを引き受けろ」という絵に書いたような悪人に豹変してしまうところだ


金と引き換えに他人に健康リスクを押し付けるという事がまるで国策のように言えるようになる


これが原子力発電が私たちに醜い人間性のやな部分を見せつける1つ目だwww

金払うから置かせろよ!と言えるようになるw

レントゲンは肺ガンとか虫歯を探すために使えるが、原子力発電所は頭の中の人間性を明らかにしてしまう




次に原子力発電がさらけ出す人間性の醜い面はリスクに対する目論見の甘すぎる判断

普段、私たちは自動車を運転するときに自賠責保険以外に任意保険をかけることでいつか起こすかもしれない交通事故に対して対人対物の保険をかけている


しかし、原子力発電がヤバいのは電力会社の金儲けの道具でしかない発電所に損害保険をかけないまま運転することを当然として運転してしまうというリスク無視状態が始まるという点だ


例えば今や、家族経営の飲食店でも食中毒が起きた時用に事業用の保険に入っている時代だ、であるのに、原子力発電所は損害保険をかけないまま運転してもOKなのだwww頭おかしいw


数十兆円積み立てておくか損害保険にかけるべきなのだが、どちらもなしでも原子力発電は運転していいと言える


しかも損害保険もかけないくせに「リスクはゼロにはできない」というよくわからない言い訳をするから原子力発電推進派は頭おかしいw
リスクはゼロにできないなら保険をかけろといいたい



次に原子力発電所がさらけ出す人間性の醜い面は国士気取りで上から目線のやつが多数現れるという点


橋下徹とかがそうなのだが、原子力発電のことになると、国策なのだからやむをえないとか福島に核のゴミは引き受けてもらうしかないみたいなわけわからん理屈で官僚でも政治家でもないくせに国を憂う国士気取りのやつが現れる


ただの東京電力の事業活動の結果の事業ゴミでしかない原子力発電所の汚染水を海にぶちまけることを正当化しようとした前の環境大臣とかもそうだ


そもそも国士って国家全体や国際社会の社会問題のことを憂うひとであって発電方法を憂う人という意味ではない



大阪市の松井市長も大阪湾に汚染水を流しても良いと言っていたが、市議会の決議無しでそんなことを言うのってそもそも民主主義じゃないし、処理したら無害だというならごま油の天ぷら油も野菜の皮も直接海洋投棄していいということになる



次に原子力発電の見せる人間性のやな部分はください人間を大量発生させるという点

原子力発電所は立地する自治体に原発立地自治体交付金みたいな名前で交付金を配る

そのため原子力発電所が立地する自治体にはでかい運動公園や体育館が作られる

また、定期点検に来た人が大勢で宿泊するためビジネスホテルや民宿が増えてくる


で、いつの間にか原子力発電所のある自治体の人たちはアフリカの支援を受けている難民と同じメンタルになっていく


つまり朝起きて畑を耕す代わりに困っているふりをし始める


だから原子力発電所がいつの間にか打ち出の小槌のように見えてくるわけだ

その結果、財務に対する自立心を失いいつの間にかその地方は寂れていくことになる

これは政府の仕事を取ろうとして官僚の天下りを受け入れたら企業としての生存本能と闘争心をなくして一般消費者向けの商品分野でサムスンやLGに敗北していったNECや東芝のような日本の企業と同じパターンだ






このように原子力発電は人間のやな部分の人間性をむき出しにしてしまう

だから私は原子力発電が嫌いだ
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