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プログラミングがわかりにくいのは物理的にふれることができないからだ

もし中学生の子どもたちに


数学でこれから1週間連続で数学の関数について合宿をするか、竹林で竹細工を1週間連続で作る合宿どっちに参加したいか?

という質問をすると、おそらく過半数の子どもたちは関数について1週間合宿して学習するよりも、竹林で竹細工を作る方を選ぶはずだ


ならなんで、数学の関数を学ぶことを多くの子供がさけようとするのだろうか?


からだにとっての危険度で言えば竹細工で使う木工用ののこぎりやのみや金槌や彫刻刀やヤスリのほうが切創や打撲などの恐れがあるため危険で、数学の関数など紙の上の文字でしかないのにだ


なぜ数学の関数よりも竹細工を選ぶか?というと


数学は認識することが難しいが、竹細工は手で触れることができるから


つまりxが計算式の中で今どうなっているのかを認識するよりものこぎりが1往復する間にどんどん切断されていく竹細工のほうが認識しやすいのだ



ちなみに日本では数学はなぜか暗記教科になっていて公式を暗記するという科目になっている


つまり数学の勉強といっても公式を暗記しているのであってとくに理屈はわかっちゃいないのだ


言うなれば自動車免許は持ってるけどガソリンエンジンがなんなのかはよく知らないみたいなもんだ、日本ではガソリンスタンドで安いからと言う理由で軽油をガソリン車に入れようとする人がいるが、自動車免許を取るときにハイオクとレギュラーの違いが知らなくても免許が取れる(やばくね?ww)、それにガソリンスタンドでの実技もなしに免許が取れる(やばいよな?w昔はフルサービスだったけどさ)


おなじように日本では理屈という数学の肝が抜かれた魚焼きグリルに並べるだけのサバフィレみたいな数学がまかり通っている

だから日本で数学が得意という人は単に暗記王であって数学王ではない場合がほとんどだ、数学じゃなく暗記が得意というやつだ
むしろ自分で資料館や読書をして学習する歴史や地理好きのほうが学習態度としては正解な気がする


で、数学と同じようにプログラミングも物理的にわかりにくいため、もしかするとプログラミングが学校で教育されると暗記教育になるかもしれない


つまりこれとこれをこうしたらこうなるじゃなくてこういうときはこれという考え方だ


かけ算で言えば2かける7はと聞かれて2が7個を想像するのではなく暗記したかけ算から反射的ににしちとかにひちと思い出して14と答えるようなものだ


しかし問題はプログラミングは常に上達していくものであって、決められたパターンを素早く書き込む教育をすると向上が止まるのではないか?と私は思う


つまりより短く書く技術の模索ではなく教えられたことをいかに素早く書き込む能力が鍛えられるんじゃないの?と言う訳だ



わかりにくいかと思うので補足すると短く書く技術の模索は自分でいろいろなことを試しながらアップグレードしていくというものだ、そして素早く書き込む技術は同じことを素早く繰り返す能力を鍛えるというものだ



戦車で言えば鉄板を溶接して防御力を上げたり大砲を載せ替えて攻撃力をアップグレードし続けて強くなるのと、操縦技術を熟練して強くなるの違いであると言える



プログラミングという考え方を常に学び続ける必要がある分野ではもしかすると日本人は暗記教育に進むのかもしれない


私は物理的にふれることができないプログラミングにたいして数学のように暗記で解決ではなく学習し続けることで解決する方向に進んでほしいと思っている
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