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リアル・オプション 武士に二言有り 変節漢




武士に二言はない

と言われてているが、実際には武士たちは意見や考え方を変えることはアタリマエのことで、そこには
なんのしがらみもなかった

武士たちにとっては生き残る事、家を守ることこそが重要であって、現実に従うことこそが生存戦略だったのだ。


そして、現代

昔の人々と比べて現代の人々はより多くの選択肢に自由を与えられるどころか、逆に苦しめられている

大学の数は平成27年時点で779もあるのだ、想像もつかない数だ。

とても選べない。

沢山あるだけあって、変な名前の大学も多い

例]
浜松市  聖隷クリストファー大学 (なんと高校もある!?聖隷クリストファー高校)
感想:お、おう、イギリスの大学?聖隷?それなんてエロゲ

宇部市  宇部フロンティア大学 (山口ってそんなに田舎だっけ?)
感想:ウィンチェスターとコルトを買ってから行くわ、あと砂金採り用のスコップとお盆も

京都   京都ノートルダム女子大  (ノートルダムはフランス)
感想:あの鐘を鳴らすのはあなた

さらに人生の大きな転機である結婚でも、ほんの100年前までは隣の県の人ですら結婚する可能性は0に近く。
沖縄と東京のカップルなんて可能性はなかった。
みんな同じ村の人同士やとなり村の人と結婚していた

さて、本題のリアル・オプションというのはようは計画がうまく行かなかった時にどうするかということであり、
言葉の意味で表すなら

意地、貞節、秩序、建前、決意反対の意味になる

つまり節操なしということだ。

私達が何かをしようと皮算用して実際に買った後、計画通りに行かないときはよくある。

それは男女の付き合いから終の棲家のローンまで多岐にわたる


全てが流動的である現代では、こちらも流動的に戦うことが重要である


とくに、安定した職業に就いている人に多いのだが、状況が悪化しても、なぜか逃げ出そうとせずに、状況を見守り
確認してから出ないと逃げ出さないという人がいる。

同様の事例は桜島の噴火の際にも残されている



{桜島の噴火の兆候}

噴火の前兆となる現象が頻発し始めた1月10日夜から、住民の間で不安が広がり、地元の行政関係者が鹿児島測候所(現・鹿児島地方気象台)に問い合わせたところ、地震については震源が吉野付近(鹿児島市北部)であり。白煙については単なる雲であるとし、桜島には異変がなく避難の必要はないとの回答であった。
それでも1月11日になると、避難を始める住民が出始めた。桜島東部の黒神、瀬戸、脇の各集落では地域の青年会が中心となり、女性・子供・老人を優先に、牛根村、垂水村(現垂水市)方面への避難が進められた。また、桜島北部の西道、松浦においても、青年会が中心となり、鹿児島湾北部の重富村(現姶良市)、加治木町(同)、福山村(現霧島市)方面への避難が進められた。
一方、鹿児島市街地に近い桜島西部の横山周辺は、測候所の見解を信頼する者が多かったため避難が遅れ、1月12日午前の噴火開始直後から海岸部各所に避難しようとする住民が殺到し大混乱となった[36]。しかし、西桜島村の死者は3名のみであった。
桜島東側の瀬戸海峡は海面に浮かんだ軽石の層が厚さ1m以上にもなり、船による避難は困難を極めた。対岸の鹿児島市は、鹿児島湾内に停泊していた船舶を緊急に徴用して救護船としたが間に合わず、東桜島村では、混乱によって海岸から転落する者や、泳いで対岸に渡ろうとして凍死したり溺死したりする者が相次いだ。この教訓から、鹿児島市立東桜島小学校にある桜島爆発記念碑には「住民は理論を信頼せず、異変を見つけたら、未然に避難の用意をすることが肝要である」との記述が残されており、「科学不信の碑」とも呼ばれている


この時は、賢い人ほど気象台の意見を信じて逃げ出さなかったので犠牲になってしまったそうだ。


私たちは1度決めたルールや計画を守るように教育されて育つが、それは机上の上でしか存在できない「幻」であり
自分たちの行動を見直し、行動を変える事によって、自分たちに振りかかる破滅や苦痛から逃れることができる。
これこそがリアル・オプションであり、戦術における個人の能力差であるといえる





例えば、88円でスーパーに商品を卸している食品メーカーで利益が88円中15円であれば、2円の値上げに成功すれば2.27%の値上げで18%も利益率をこうじょうさせることができるのだ。


さらにWW2において北アフリカで戦ったエルヴィン・ロンメルは


わざわざイタリアから物資が輸送されるのを待たずにイギリス軍を攻撃し続けた
そして、豊富なイギリスの物資を奪うことによって「豊かになり」、戦い続けたのだ。

イギリスのガソリンでイギリスのトラックを動かしイギリスの糧食を食べ、イギリスの大砲を撃ちながらイギリス軍を攻撃したのだ。
彼らは戦えば戦うほど強くなっていった。

これもリアル・オプションの活用である。
本来、ロンメル将軍は北アフリカに多くの連合軍をひきつけろという指示しか受けていなかった
命令を柔軟に解釈することで自分の「作戦行動の自由」をえられたのだ 

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