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生産性とかいう不毛な議論

従業員の所得を上げるには生産性を高める必要があるという不毛な理屈が日本にはある

それによれば「経済の中で従業員に分けられる分け前は上限がありそれを超えると企業が潰れ始める」だから「従業員は常に不満足なレベルの賃金水準にとどまるべき」というもので経済学で言う賃金の鉄則みたいなことを大真面目に信じている人たちがたくさんいる


しかし、経済学者のいう「労働者の賃金は生活するのに最低限の方向に向かう傾向がある」というのは現代のような大量生産大量消費と少量生産少量消費が併存しているような社会を想定してはおらず、庶民が基礎的な家財道具しか持っておらず生きるのにぎりぎりのカロリーを摂取していた時代の考えに過ぎない


今や人間は大量に生産し大量に消費する時代であり、もはや生存するギリギリという段階からは解き放たれていて、古い経済学が通用しない状態になっている


今や生産性という考え方はたくさん生産する能力というよりも、他人の行動からどうやって現金を引き出すか?という能力となっている

つまり、米を作るよりもサトウキビを栽培したほうが儲かるというのが昔の生産性の尺度としたら、今は他人の注目や行動に介入することでお金を生み出せる時代になっている


例えばYoutubeのゲーム実況はどうだろうか?


Youtuberといわれる個人がゲームを遊ぶだけの動画をYoutubeに公開しYoutubeから報酬を得ている

よくyoutuberは企業案件というが、21世紀の世界にはただ単に製品紹介するだけで利益を得る人がいまや存在する、これは20世紀には考えられないことだ


なぜなら20世紀には実演販売という売り方はあったがユーチューバーのように数時間以内に100万人に見られるなんてことはなかったからだ


また、あるいは単にクーポンを配るだけで収益を上げているスマホのニュースアプリも存在する
クーポンを配るアプリは何をしているかといえば他人のニュースを転載して利用者をおびき寄せてクーポンを配っているだけだ
そもそも取材しないという点で新聞とはまるで違う


このように21世紀の社会では生産性の尺度が違うのだ




また、その一方で生産性の高い社会は「社会の助け合いや無償のサービスを有償化して売上高に計上した社会」であると言える

つまり先進国は助け合いや公共のサービスを有料にすれば企業の売上高に計上できるから生産性が高いと言える

例えば家族の介護も外注化すれば売上高になるし、子供の育児すら外注化してしまえば売上高になる(それが生物として正しいかはわからない)


だからもしほんとに生産性が高い企業、生産性が高い社会を日本が望むなら公共サービスで提供されている公衆トイレは有料化すべきだし私的に提供されているコンビニのトイレも有料化すべきだ


レストランのお冷はミネラルウォーターにして1杯300円で売れば良いし、長い橋の両端に料金所を置けばいい、消防車も救急車も有料化すればいい

しかし、こういう生産性が高い社会はある意味とても不便な社会であると言える

あらゆるサービスを有償化すればGDPも生産性も上がるが、生きにくくなる

つまり自分だけ提供するサービスを有償化できれば儲かるが、全員が始めればお互いに料金を掛け合うので手間ばかり増える

だから行き過ぎた自由経済のアメリカ人は請求書におびえていて、逆に自由経済なんてよく知らないで家族で助け合い生きているアフリカ人は請求書に怯えることはない


つまりアフリカ人は人間同士のサービスを有償化、つまり売上高に計上していないから一人あたりGDPが低いだけで、生産性が生活水準には関係していないのだ


そう考えると、日本人の労働者の所得を上げるには社会のサービスを有償化していけばよい


つまり無料のサービスを有料にするのだ

しかし生産性を上げることが生活水準に関係するかはアフリカ人を見ればわかるように、社会生活を売上高に計上すれば、個体としては支払いが増えるだけになる可能性が高い


だから、生産性を上げて所得を上げることを要求するのではなく、生産性を上げないまま所得を上げることを指向すべきだ


なぜなら生産性があがって所得があがったのは「頑張った結果」であり、自分の労働と所得は比例している

しかし生産性を上げないまま所得を上げることを目指せばそれはインフレーションになる

つまり生産性を上げてないから供給は増えない一方で所得だけ増えれば需要が増えるから、インフレーションが起きる

むしろ逆に、所得をあげようと生産性を上げれば供給だけ増えて需要である所得は遅れて増えるのでデフレーションになる


日本のデフレーションの原因は所得を上げるには生産性を上げればいいという間違った理屈であり、所得を上げるために生産性を上げれば生産物の供給が増えてデフレーションが起きるという基本的な経済原則を無視した日本人の独りよがりの結果であると言える


生産性を高めて所得をあげようとしてはだめで、フランス人のようにデモをして理不尽に所得の上昇を要求するのが経済学的には正解である
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