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モスクワのナポレオンにコメをあげたい

ナポレオンのロシア遠征での敗因の一つに挙げられている食糧不足


ロシアへ侵攻したフランス軍は、ロシアによる戦略的撤退に苦しんだことで知られている

ロシア軍はフランスの侵攻に対し撤退する際に家畜を連れ畑や建物を焼き払い井戸に毒を入れ、フランス軍の利用できるものを全て破壊しながら後退するという焦土戦術で対抗してフランス軍の戦力を弱体化してナポレオンの侵略から国土を守ることに成功した


これはナポレオンに対して勝てる将軍がいなかったからなのだが、フランス軍に対してとても効果的だった


なぜなら当時の軍隊は輸送能力が軍隊に対しあまりに低かったため、前進しすぎた軍隊は現地からの掠奪で食事を得る必要があったからだ


だから、人口2万人の町に3万人の軍隊が来ればたちまちその地域の食糧は不足して飢餓状態が発生する為、豊かな町にしか軍隊は留まる事すらできなかった


また、フランス軍は当時(今も)主食がパンであり、小麦粉を見つけてもそのまま食べられないという致命的な障害を抱えていた


パンとご飯を比較すると、パンは運びやすさと腐りにくさでご飯に優っている事がわかる

例えばご飯は炊いた後には水分が抜け始め雑菌が増え始め次の日にはもう食べられない

一方パンなら、次の日でもその次の日でも一応食べられる(もちろん保存状態は関係するが)し、固く焼く事で長期保存ができる、また、ご飯と違い乾燥しているので布で包んで運ぶ事ができる



しかし、パンを焼くには専用の釜が必要で、片手鍋でも大きな鍋でも炊けるコメの方が調理しやすさの点では優れている


WW2でも同じパンを食べるドイツ軍には部隊にパン中隊というパンを焼く担当の部隊があり、戦場の後方でパンを焼いて前線に届けていたほどだ



一方コメであれば、個人で鍋を見つけてそれを使ったり、飯ごうで炊飯ができる為、パンを焼く担当の部隊は必要がない


だから、ナポレオン軍に足りなかったのはコメであり、主食がパンだったからロシアの気候に勝てなかったのだ


パンを焼くにはコメよりも長い時間がかかる為、ナポレオン軍の戦術である「敵より歩いて優位に立つ」やり方がロシアの大地の広さでは限界が来てしまうのだ


パンを焼くには粉を捏ねて生地を作って休ませなくてはいけないが、コメなら極端な話、炊くというより茹でて仕舞えばおかずを含めて1時間以内で食べられる


ナポレオン軍は機動力を重視して、兵士をめちゃくちゃ歩かせる軍隊だった

しかも、そのペースは驚異的で1時間歩いて10分休憩して1時間歩いて10分休憩で10時間以上夜通し歩くようなことを平気でしていた

しかし、そんなことを空腹状態でやっていたからこそ、ナポレオンのロシア遠征は失敗した


なぜなら空腹状態で歩けなくなった兵士が落伍して死んでしまったり食糧調達の為に部隊から逃げ出す為、移動するだけで兵士が減って行ったからだ


だからナポレオン軍にコメをあげたい


コメさえあればパンのような手間のかかる主食から解放されるからだ


仮にもし兵士1人が1食で2合食べるとすれば、兵士1人に2.5kgの白米を背負わせることで、8食分の主食を運ばせる事になる


ナポレオンのロシア遠征は1812年の6月22日から12月14日の間の戦いであり、176日間の出来事である


と、すれば兵士1人に2.5kgの白米を持たせて行軍させれば、1日二食とし計算すれば176分の4日分の主食を運ばせる事になり、ロシア遠征の期間の2.3%の食事を兵士個人に運ばせる事が可能になる


しかも白米は当時のフランス軍が持ち運んでいたビスケットよりも重さあたりのカロリーが高い為重さあたりカロリーで有利である(ちなみに現代のバターや砂糖が入った市販のビスケットはコメよりもカロリーが高いが、1800年代の兵士用の当時のビスケットにはバターや砂糖なんて入っていないからコメよりカロリーが低い、そして硬い)



もしナポレオン軍がコメを運んでいたらロシア遠征はもう少し上手く行ったはずだ


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ちなみにロシア軍はおかゆを主食としていた

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