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真剣に向き合う社会のはずが真剣を向け合う社会に

私は日本社会にある空気という概念が嫌だった


なぜなら真剣にお互いが意見を交わす事を妨げることになるからだ

つまり本来なら意見をぶつけ合わないといけない時が人生には時々あるのに先輩とか後輩とか上司とか部下とか、お互いの立場を前提として会話するような今の日本社会の態度は良くないと考えていたわけだ


今の日本社会では興奮して言い争いすると大人気ないと言ったり、みっともないと言ったりして批判する


しかし、落ち着いて話せば解決するほど現代社会はシンプルではない


だからお互い傷つくことを恐れずに意見を交わすことが時には必要なのだ


つまり本来なら争いを回避するための日本語の敬語や社会の上下関係が、社会の問題を内包したまま解決を先送りしてしまうのだ




しかし、今や日本の社会は私が思い描いた真剣にお互いが真剣に向き合う社会じゃなくて、お互いが真剣を向け合う社会になってしまった


つまり真剣である刃物を向け合う社会になってしまっていて私の理想と一文字違いの大違いになっている


真剣に〇
真剣を×



思うに日本社会に蓄積したひずみが噴出しているのかもしれない


つまり切り傷に消毒せずに包帯巻いたら包帯の下でグジュグジュの膿が溜まっていたみたいな感じだ


ここ数年間で切り裂かれた日本社会の仕組みや伝統は、歪みが溜まっていたと思う


私は言いたい、なぜ真剣に向き合わないのか?真剣向け合う社会は長く存続できない

敬語の慇懃無礼さやマナーという名の精神の去勢という暗示を振り切り私たちは真剣に向き合う社会を再構成するべきだ
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