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衰退しすぎたわが町wいよいよ高校生が橋のたもとにたむろし始める

今日は衝撃的なものを見てしまった

今日は衝撃的なものを見てしまったそれは、高校生が橋のたもとにたむろしている風景だ


別にシンナー吸ってるとか改造バイクの見せ合いとかカップルが乳繰り合うなど不穏なものでなく、橋のたもと?橋の下に、五人が集まってただ座って携帯を見ていたのだ

高校生も連休中であり部活帰りなのだろうが、見てて悲しくなった

なぜかと言うと、私が高校生の頃といえばボーリング場やゲームセンター、カラオケ、本屋などがあり、橋のたもとになんてたむろなんてしたことなかったからだ


高校生当時、モーニング娘がジュークボックスでエンドレスに流れていたあのボーリング場独特の雰囲気が好きだったし、ゲームセンターのあのタバコやらポップコーンやらの混じった独特の香りの中に私と同級生の友達たちとの思い出はある



しかし、今やボーリング場はもう何年も前に廃業して解体されてしまったし、ゲームセンターも閉鎖、あのタバコの焦げ跡や破れの目立つクッションのへたったソファーではあったが安くて楽しかったカラオケのあった敷地もいつの間にか大型マンションになってしまった

別に懐かしむつもりはない


時代の流れはいいものも悪いものも思い出の中に連れ去ってしまうものだからだ


しかしそれより今胸にこみ上げるのは、今のこの町の高校生たちにこの町の今の大人が何もしてやれていないのではないか?ということだ


ゲームセンターやカラオケが時代の流れに取り残されているというのは知っている

実際にボーリング場もカラオケもゲームセンターも減少の一途だ

しかしこの町の大人には、子供達青少年に対してエンターテイメントを提供する責任があると思うし私が高校生の頃にはそれがあった


私はこの町で友人たちと遊んだからこの町にいい印象を持っているのであって、いくつか職を変え住居を変えてもその思いは変わらない


平成最後の週末


この町の大人は子供達青少年たちに対して何ができただろうか?


子供達青少年たちが思い出を作れる場所がまだあるのだろうか?


学校に子供を通わせるのは国民の義務だが、町を面白くするのは大人の責任だと思う


もし10年後20年後、この町についてこの町の出身者が聞かれた時「何もない町でしたよ」と言われるようではダメなのだ



以前映画化された少女漫画「NANA」という人気作品の中で主人公は自分の生まれ故郷をこう表現している

あたしの生まれ故郷は

山に囲まれた
広くも狭くもない町で

ど田舎ではないけれど都会でもない
観光に来られてもウリがない




はじめてコレを見た時、私は思わず「俺の地元!?」と漫画喫茶アプレシオのブースの中で思ったw(というか九州は大体こんな町よね)

たまたまおすすめ漫画コーナーにあったのだがこの表現は胸に残った


今日橋のたもとにたむろしていた高校生は果たして今のこの町にいい印象を持ってくれているのだろうか?(と言っても私は市長でも副市長でも公務員でもない)




楽しいことがあるという漠然とした期待を持って東京や大阪などに出れば、もしかするとこの町のことなど綺麗さっぱり忘れてしまうのかもしれない



単に実家がある退屈な町、親がいるから盆と正月だけ帰る町になってしまうのだろう



私が高校生の時、まだゲームセンターもカラオケもボーリング場も大きな本屋もあった


しかし今思えば高校の教師はそれを苦々しく感じていたように今は思う

だけども例え大人には不愉快であろうとも青少年にはそういう施設が必要なのだと思う


少なくとも橋のたもとの日陰でスマホをいじっているよりはマシな高校生活だと思うw

てか橋のたもとにたむろて老人よりもアクティブさに欠けている気がする



改めて思えば大人向けの常識がはびこるこの町は若者には魅力がもうあまりないのかもしれない



しかし少なくとも私はこの町がまだ好きである


なぜなら建物はなくなろうとも風景は変わろうとも思い出はまだ確かに残っているからだ
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