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地方分権は必ず破綻する

地方分権は失敗する宿命をはらんでいる

なぜか、なぜなら、権力とそれに基づくパワーが分散するからだ


今、東京は日本第一の都市、都市圏である。

2chなどによると東京が快適で田舎が住みにくくて仕事が無いからという理由が示されている。

その理屈によると、日本中の若者はみな東京を目指すということらしい。

事実として、日本の中では、人口が増えているのは東京圏だけだ。
沖縄も増えてはいるが補助金という例外だから除外しておく。



賢い人間は歴史から学ぶというが、
日本の歴史の中でも同じようなことは以前もあったのだ。

「大坂」


大阪は昔は大坂という字で書かれていた、それを、字が悪いということで「阪」に変えたのが豊臣秀吉だ。


秀吉が九州や関東を制圧して、日本を再び1つに戻した後、大坂は事実上日本の中心になった。
権力、富、文化の中心になった



その豊かさの有様をみて浮かれている男がいた。

「大一大万大吉」一人がみんなのために、みんなが一人のために頑張ればみんな幸せに
という旗印をもつ武士、「石田三成」である。
     グリコ
関白様マンセー!


「こんなに大坂が栄えているのは関白秀吉様の政治が上手く行っている証拠だ」と考えていた


しかし、これに異を唱えたのが石田三成の家臣島左近である

島左近は石田三成の腹心の部下で、年収の半分を払って雇ったほどのものである
豆知識:三成は事務や政治能力に優れていたが欠けていた軍事の能力を補うために島左近を雇った


島左近「庶民と言うのは権力者のそばに集まるものです、この大坂の町を離れれば食うものにも困るものがたくさんおります」


その大坂から東に遥か彼方、江戸では徳川家の徳川家康が力を蓄えていた

その後、石田三成は秀吉死後、徳川家康と敵対し、関ヶ原で戦った後敗れ、天下の中心は江戸に移った。
しかし、家康はもともと苦労人(彼は今川家、織田家に人質に出された過去がある)だったので、
江戸は長く武士の町として基本的には質素な町であった。


元禄文化などが花開くまでは基本的には質素である。

日本の武士はインド、ヨーロッパ、アラビアの戦士のように剣を装飾しなかった

海外では一定階級以上の貴族は象牙やらルビー、金銀で装飾するのが普通なのだが、武士は質素だった。

だからこそ江戸幕府は長続きできた。


しかし、今、東京はあらゆる許可権を元に全国の会社の本社を集めて、繁栄の極みに達している。
地方で創業して大きくなった会社でもみんな大坂に本社を移していく。

ここで三成の故事が参考になる。

東京が栄えているのは権力者が住んでいるからであって、東京が素晴らしいからではない

なら、権力を手放してしまえば東京は衰退すると考えるのが普通で、権力を独り占めしたがる政治家や官僚からすれば、
権力を手放して、自分たちが済む東京が不便になるくらいなら、最後までしがみつくのは必然というか人情だ。

関ヶ原の時には家康という強力なワンマンがいたが今の東京のライバル都市にはそのような人物がいない。
橋下徹氏が維新の会を立ち上げたが彼はどうも政治家タイプでは無い。

もっと強い人物が必要だ。



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