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入院患者の病院で私は思った

先週末つまり2018年10月21日日曜日、わたしは末期癌の親戚の見舞いのためにでかけた

電車を乗り換えた先の地方都市では親戚が出迎えに来ていて、私の地元と違う方言で入院中の親戚の病気の事の顛末を1から話すが秋晴れの空の下で行き交う駅前の見知らぬ土地の物珍しい風景をタクシーの窓から見ているとそのうんざりする病状の解説など頭に入らなくなっていた

車は駅を離れ、親戚とタクシー運転手の雑談に相槌をうつふりをしていると街の少し外れに病院はあった。
病院の受付を過ぎると病院内は節電のためか、昼過ぎの病棟の廊下は薄暗くて日本独特のやたらと張られた注意事項や厚生労働省のポスターが、小さな窓から差し込むそのわずかな光を乱反射させていて、薄暗い廊下に立っていても現実感をあまり感じられない
古い地方の病院は新しい病院と違って、低い天井と開放感のない間取りは不気味さを感じさせるなにかがある
エレベーターの前、親戚に促されアルコールの消毒液を手のひらに出して手になじませると普段嗅ぐことのない、ツンとした消毒臭が感じられ、わたしはエレベーターの中で親戚の背を見ながら何故か私は自分の手のひらの匂いをもう一度嗅ぎ直した

エレベーターを出て左折するとナースステーションがあり、そのことが入院中の親戚の病状がかなり(極度に)悪いことを暗示していた
ナースステーションに近いということはすぐ駆けつけられるということを意味しているからだ

廊下やロビーにはあれほど注意事項やポスターを貼り出すくせに、4人部屋の病室には、一切の飾り気がなくベッドサイドのテレビ台兼テーブル(なんていうんだろうあれ?ようするにテレビが乗っていて、引き出しに物が収納できて引き出し式のテーブルもあるあれ)の上にはものが雑然としていた
わたしは同行した親戚と入院中の親戚を不安にさせないようにできる範囲の作り笑顔でベッドに近づくと入院中の親戚は眠っていた

同室の他の3人の患者も老人で眠っているかしずかに私達を見ていた
病室内で、見舞いに来ていた別の親戚が用意した椅子に腰掛け、私はもう一度自分の手に残る消毒液を嗅いだ

ブラインド越しに見える雲ひとつない外の景色と病室内に横たわる入院中の親戚は対照的だった

付き添いに来ていた親戚は宅配で送ったふるさとの珍味に感謝していた、というのも遠くに嫁いだ入院中の親戚は地元の味に餓えていたので、病気で弱った今、地元の味でご飯が食べたがっていたからだ


しばらくすると入院中の親戚は目を覚まし私達を見つめていた

高齢でボケている入院中の親戚は私と同行した親戚はわかっても、私のことはわからない、なぜなら記憶の中に私はいないからだ

同行した親戚に促され私は持参したノートパソコンを開き、保存してある入院中の親戚のいとこの写真を見せてあげると入院中の親戚は喜んで目に涙を蓄え(湛えだっけ?)ていた
画面を指差していろいろ質問する入院中の親戚はすこし楽しそうだった

しばらく談笑していると、部屋の反対側の患者が看護師に「みかんが食べたい」と言っていたのがたまたま聞こえたので耳を傾けると看護師は看護師独特のなれなれしいタメ口で「先生に聞いてから」と答えた
わたしはそちらを振り返ると、その患者も老人でみるからによぼよぼだった
それを見て私はやるせない気持ちで嫌になった、何故かと言うとナースステーションのすぐ横の病床にいる時点で、完治の見込みもないし、高齢なので今更何かがあるわけでもない、果たして今更健康に留意する意味があるのだろうか?私はそう思ったのだ


おそらく私達の談笑のせいで目覚めた部屋の反対の患者はその後しばらく聞き取ることのできない独り言をだれが聞いているというわけでもないのに続けていた

いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言
いつまでもとまらない独り言

いつまでもとまらない独り言は、なにかを言っているようだが聞き取ることはできない

また別の反対側の病床の患者は焦点の定まらない目で虚空を見上げていた(そりゃそうだ、病室には絵も花も無いんだから見つめる先がない)

高齢者で意識が不明瞭な入院中の親戚はどうやら飽きてきたようで私達はパソコンを閉じ、少し雑談をした

すでに軽い認知症の親戚は同じ話を繰り返し、見舞いに来た私のことを初対面のように見続けていた

私と同行した親戚は帰る間際入院中の親戚に「元気でね」と言っていたが私の口からはとうとうそういう社交辞令は出てこなかった(言えなかった

地元を離れ、認知症で記憶を失い、末期がんを患う

なかなか人間って思うように生きられないのだなぁと思った

去る間際、ベッドに横たわる親戚は横たわったまま手を振っていた
そして、私以外の親戚のことは思い出したようで目からは警戒心の光はなくなっていた

わたしはそのことで少し気が楽になった
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