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金印の読み方の疑問と漢文の意味 漢委奴国王 

古代中国は文化の先進地であり、周辺諸国に対して技術や文化面で大きな影響を与えていた。
火薬、羅針盤、紙を発明したのも中国である。

火薬は不老不死の薬を作る過程で作出され(秦の始皇帝は”薬”と信じて水銀を飲んだ)、羅針盤で中国人はアラビアやマダガスカルまで行っていた、紙は竹簡の代わりに作られた

周辺諸国は中国の王に進物を送り文化や技術を得ようとした、そして中国の歴代の王は周辺諸国の豪族を「王」や「貴族」と認め、印を授けた。

ちなみに印というのはもともとは軍隊や役人に王が命令を出すためのものである。

そして、古代の日本にもたらされた印の1つが福岡で発見された。

jb_kinin03.jpg

その印にはこう刻まれている
「漢委奴国王」

福岡市博物館の解説

[博物館の解説によると]

印面に刻まれた文字は、“漢”の文字で始まります。異民族であっても直轄領内の内臣には「てん王之印」のように王朝名は付きません。漢で始まるのは倭が外臣として服属しているが、直轄領となっていなかったためです。次の“委奴”は『後漢書』の記述と一致することから「倭奴」の略字と理解できますが、その解釈は分かれています。外臣に下賜する印には王朝名の次に民族名、そして部族名がくるので、「倭(わ)(族)」の「奴(な)(部族)」と考え、「漢委奴国王」を「漢ノ委ノ奴ノ国王(かんのわのなのこくおう)」とする読みかたが今日の代表的な解釈です。

とあるが、私は別の解釈を考えている。

まず「漢委」は「漢の倭」ではなく、「漢が委ねる」が正解であると思う、なぜなら金印とは基本的には従属国の国王用の印鑑なので、「中華皇帝の権限を委任」するものであるからだ。
だとすれば「委」は「倭」の略語ではなく「動詞」であると考えるのが正解だ


次に、「奴」はおそらく「福岡にあった国」であろう

最期に「国王」はそのまま国王である、この場合、奴地域の担当であるといえる。
ちなみに、中国では皇帝が親族や周辺地域の蛮族の代表を地域の王に封じるのはよくあることである



このようにヘンテコ翻訳をするのも全て原因は「漢文」という中国語でも日本語でもないミュータント的学問の存在が大きい。そもそも中国人はレ点なんて使わないし文の横に「一二三」なんてつけない、英語の直訳のようなものだ。

レ点なんかつけるせいで意味が乖離していたりそもそも間違っていることも多い

史記での有名なシーンの1つ項羽が最期の戦いに望む直前の描写

日本語ウィキペディアによると
騅不逝兮可柰何 騅の逝かざる 奈何すべき   騅が進もうとしないのを、もはやどうする事もできない。a href="http://dispatchtomain.blog116.fc2.com/img/2016021404200189d.jpg/" target="_blank">馬q

感動的なシーンである、




と漢文では読めるが、実はこの時、項羽は既に馬から降りている。

「逝」という字は別れのニュアンスがある、つまり、進撃できないのではなく、愛馬を逃がそうとしても離れてくれないのだ。だから漢文だけに頼っているとこの違いがわからない

漢文は廃止して中国語の時間を作るほうがいいのではないだろうか(^o^)
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