FC2ブログ
 

米国株テクニカル分析ブログ ソシアルアドバンテージ 香港株、米国株、エリオット波動のブログ

九州人が商売に向かないポイント「自立心が高すぎて自分でやる」

九州の人たちが商売に向かないポイント

それは自分でやりたがるという点で「自立心が高い」というところだ


この自分でやろうとするというのは個人の資質としては優れたもので褒めるべきものなのだが、現代の社会では時代遅れになっている考え方だ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜^
例えば美容室の場合を考えてみると、繁華街で美容室が店の前で時々新人に外でチラシを配らせていることがあるのを見たことがないだろうか?


もちろん新人にさせられることがないとき、チラシ配りは妥当な仕事内容かもしれない


しかし、それは昔の考え方だ

現代的な考え方をするならフリーペーパーやウェブサイトに広告を出して自分たちは美容室の仕事に特化しないといけない


つまり集客という手段が増えた現代では新人にチラシを配らせるという本業と離れた部分の仕事を外注化して、特化した部分に注力しないといけないわけだ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

特化した部分に注力するというのは別に珍しい考え方ではなく家の水道が壊れたら多くの人は自分でホームセンターに行って新しい蛇口を選ぶよりも水道工事店に電話するし
車のタイヤがパンクしたら自分で後部座席の下やトランクからスペアタイヤを取り出して交換してタイヤ店に走るよりも自動車保険のロードサービスやJAFを呼ぶ


逆に言えば、自分でやらない人がいるからサービス業になるわけで、冠婚葬祭を昔の人たちのように自分たちでやったり自分たちで家屋と設備の修理をやり始めたら電話帳の3分の1の会社は必要なくなる


で、わざわざ自分でできることを他の人に頼むのはなぜかといえば専門家に頼んだほうがうまくできるからにほかならない


これはクレープを焼く技術や餃子をうまく包む技術のように数をこなしたら上達する技術の他に、医療関係のように勉強して練習しないといけない技術までみんなそうだ


で、九州の人は自分でやりすぎなのだ

つまり自社のホームページも集客も雑務も従業員の管理もみな自分でしようとする


するとどうなるか?といえば自分の能力がそのまま企業の成長の限界になるわけだ

つまり九州の人たちは超個人事業主体質なのだ

そのため自分がインターネットに関する知識やホームページを作る能力知識がなければ21世紀にもなって自社のホームページが無いことになるし、従業員も自分が管理できる以上には増やすことができない、お店の管理や内装も自分が理解できる範囲にとどまることになる


もちろん自分と数人のスタッフで経営するような個人店の経営ならそれで十分なのだが、企業の大規模化が起きなくなるのだ


だから九州では大企業が現れにくいわけだ


で、どうすればいいか?といえば人事能力を鍛える努力をするしかない

人事は現在九州のみならず、日本では軽んじられている部門で、従業員を集めて管理して役職につけるという企業の背骨を作る能力が軽んじられている状態である


例えば従業員を集めるにしてもリクナビやマイナビあるいは地元の求人情報サービスなどを使って新卒を雇いこそすれ、ライバル企業からヘッドハンティングしたろみたいなワイルドな発想をもつ経営者は日本には少ない、そして九州にはもっと少ない

日本で新卒者を採用したがるのは中途採用者の能力を見抜く能力が人事担当あるいは経営者に無いからだと私は考えている

つまり日本の企業は〇〇の能力が今足りないから〇〇の能力や知識がある人を雇えばいいという判断ができないから大学のネームバリューを鵜呑して新卒の大卒を雇うわけだ


だから求人情報をウェブ上やハローワークで検索すると経験者求むと書いてあっても具体的になんの経験者なのか書いている求人情報はほぼない


だから、今自社に何が欠けているのかを調べて知ることが九州の経営者には必要なのだ


歴史好きの間では、日本の歴史上最も出世した男である豊臣秀吉は個人の剣術や弓術や馬術、兵法ではなく人事能力がとても優れていたことで知られている

豊臣秀吉は戦国時代の英雄である織田信長、徳川家康と違い地方領主の家には生まれなかったが、優れた人を部下に招いて軍師や武将として力を借りることで急速に出世した人である

竹中半兵衛(重門)、石田三成を部下にしたときのエピソードが有名だ


単なる歴史好きは「豊臣秀吉の戦略は部下が考えただけ」という考え方をするが、実際には優秀な人を部下に集める人事能力があったのがすごいわけで、豊臣秀吉が凡人や無能なら項羽のもとを去り劉邦に仕えた韓信のように竹中半兵衛や石田三成なども逃げていくはずだ(事実、豊臣秀吉の没後部下たちは徳川家康になびくものが現れ始める)


豊臣秀吉がすごいのは人事能力であり、織田信長や徳川家康はそこが豊臣秀吉に遠く及ばない


で、今の日本の人事は(九州はもっとそうだ)採用はマイナビリクナビなどに任せているし、安いからと言う理由で契約社員や派遣社員を数年交代で使い潰し、バイトやパートに優秀な人がいても正社員に登用しない会社が多い


つまり、徹底的に豊臣秀吉の人事と逆のことをしているわけだ


ならなぜ何でも自分でしたがる経営者はマイナビやリクナビを頼るのか?といえば自分に人事能力は無いし人望も無いし自社の知名度もないのだが、企業の存続に人間は必要なので求人活動をする必要があるからだ


そして、リクナビやマイナビから応募してきた人に対しての無能な経営者の認識は代わりはいくらでもいるというもので、なんら期待はしていない


なぜなら人事能力が無いからだ


で、なぜ日本で派遣社員が必要なのか?といえば自社の知名度ではだれも応募して来ない会社が人を集める為であると言える


九州人のみならず日本人はもう少し人の使い方を学ぶべきであると思う

関連記事
スポンサーサイト



商売のセンスを持たない九州民

バブル以降の日本経済の凋落の中でいろいろな産業が日本から消えていった

例えば遊戯施設であるボウリングやカラオケ店やゲームセンターは大きく数を減らしてきたし、製造業も海外移転を繰り返したり、あるいは突然死したりして日本から消えていった

これは日本人の経済的な余裕が減っていることと、経済的な動機が原因であると、私は考えていた


今、九州でもバブル期に建てらてた建物の老朽化からの建て替え需要で、再開発が行われていて古くなった昭和のビルを取り壊して新しく建て替える時期に来ているのだが、私はあることに気づいた


九州の再開発ビルの特徴は小売店と飲食店に偏重していて、子供向けや若者向けのエンターテインメント施設は無いというのが、私から見た九州の再開発の現状である


つまり、再開発で建てられた複合施設の中には衣料品店や飲食店や雑貨、カフェなどの店舗はあってもゲーム機が置かれたゲームコーナーや若者向けの遊戯施設は無い

私は最初「九州の人たちは貧乏だから遊戯施設を作っても儲からないからなのか」と定型文の感想を持っていたが、やがて考え方を変え始めた

なぜなら、九州にもラウンドワンはありもう何年も営業されているからだ

ならなぜ、九州の企業が再開発の複合施設の中に遊戯施設を加えないのかを自分なりに考えてみた思ったのは、遊戯施設やゲームコーナーや遊園地はある意味集客施設なのだが、面積あたりの利益率は比較的低い

しかも設備投資も必要で、時代の流れに合わせるセンスも必要だ

特に遊戯施設は最初に大きな設備投資が必要で、数年間の営業の中でそれを償却していくので継続的な投資やイベントや宣伝が必要になる

しかし、九州の人たちは今や商売のセンスみたいなものを喪失しているため、そういうめんどくさい施設の運営をする能力が無いんじゃないか?とも考えた


だから安易にチェーン店の飲食店である鎌倉パスタとかタリーズとかメガネ屋とかユニクロやニトリやケンタッキーフライドチキンを自分たちの建物に入れる方を選んでしまうのだろうか?というわけだ


つまり鳥の巣箱を立ち木に掛けておくことはできても、水槽の中の熱帯魚に毎日餌をやり水温をチェックし定期的に掃除してあげるようなことは九州の人たちは出来ないんじゃないか?というわけだ(というかやろうとしていないよね)


その結果、九州のいたる所にどこにでもあるチェーン店を詰め込んだだけの再開発ビル(アミュプラザみたいなもの)ができあがるのだが、どこにでもあるチェーン店を詰め込んだだけの再開発では当然競争力もないから当然イオンモールやゆめタウンにあっさり負けてしまう


ならなぜ、九州の人たちは商売のセンスが無いのか?といえばそれはやはり今の小中高生の教育が良くないのだろうと思う



それはどういうことかというと、九州の学校の中での教育だけでなく、九州でありがちな中高生を部活動で長時間学校にしばりつけるような部活動の活動時間の長さや、まるで保育所がわりに長時間学童保育に放り込む育児スタイル、学習塾スタイルが良くないのだろうと私は思う


つまり1つのことを長時間有無を言わさずやらせてそれ以外の時間を取り上げるわけだ

サッカーならサッカー、野球なら野球、吹奏楽なら吹奏楽を長時間やらせる


しかし、考えてみると遊びでしかないサッカーや野球、趣味である吹奏楽を長時間やらせる九州は間違っていると思わないだろうか?

役に立つとか立たないじゃなくやりすぎなのだwww


九州人がサッカーや野球にうつつを抜かすその間も中国の学生や韓国の学生が数学の方程式を暗記したり英語を学んでいるんだから九州が凋落するのは当然であると思う

しかも土日は午前中で練習終わりとかならともかく丸一日練習する部活もあるからヤバいな

丸一日練習する野球部とかの場合、部員は夏なのに海に行けないみたいな学校もあるそうだ


つまり九州の人たちはある意味学力と学生のころの体験だけ見ても自滅しているのだ

関連記事

なんつー薄情な奴らだ

葬儀場から帰宅した


私は葬儀場の入り口で受付をしていたので少し疲れた

久々に見た親戚達には悪いが私は受付のをしながらちょっと薄情なんじゃないかと思った

なぜかといえば今日が通夜で明日の昼には故人の遺体は棺ごと焼かれるというのに私のいとこときたら9時にはもう帰ろうとするのだ


故人の生前、だいぶ可愛がられていたのに通夜からそんなにあっさり帰るのかと思うと少しガッカリした

だってあと10数時間で焼くんだぜ!?

もう少し居てもよかろう?

故人は長く生きすぎたのか、あるいはこんなもんなのか、私はわからなくなった

関連記事

死んだら見れる顔になった

今日は葬儀に来ている

通夜の会場でこの記事を書いている

夕立ちの空は日が落ちると淡紅藤から本紫に色を変えた

斎場に入り祭壇へ近づき

横に立ち故人の棺の窓から中を覗くと暖色系の照明の下、顔色がよく見えて不思議な気分を感じた

故人が亡くなる前、私は見舞いに病院をおとづれたのだが、その時私はベッドに横たわる相手の顔をちゃんと見られなかった

なぜなら弱っている老人に向き合う心の強さが私には無かった事によりによって病室についてから気付いたからだ

そして今日、棺桶の棺のプラスチックの窓ごしに、私は正視できるようになった

皮肉だがなくなってようやく老いた相手を受け入れられるようになったのだ

関連記事

いじめられたら「にげろ」という教育は生物学的に間違っている

日本ではいじめられっ子にいじめられたら転校することを薦めるような世論が一定数存在する

逃げたらいじめられる関係がリセットされて快適な学校生活が手に入るという考え方によるものだ


しかし残念だが私はこの考え方は間違っていると思う

つまり目をつけられやすい人格攻撃されやすい人格をどうにかしない限りどこに逃げてもいじめは続くのだ


だからいじめられやすい人は場所を変えるより人格を変えなくてはいけないという基本的な事実を大人は子供に教えるべきなのだが、なぜか日本ではそのことを無視して


逃げて良いんだよ、とかいじめる側が悪いみたいな優しい言葉をかけて本質的問題を解決することを迂回させる教えが広まっているのだ


私はもしかするとこの逃げて良いんだよ教育は日本社会を弱体化させるための文部省とか日本政府の策略なんじゃないかと考えている

私が学生のころ、とくにダウンタウンとかの「バカにしてる笑いを取る」というやり方をテレビで見て影響を受けるやつが多く、よしもと芸人のよくやるハゲいじりとか顔でかいいじりのような人の特徴で人を馬鹿にする芸人気取り同級生が多かったのを覚えている

今おもうとダウンタウンはクソみたいな芸風のせいで社会に悪影響を与えているのだが、昔はもっと影響力があった


私は九州の田舎者なのだが、やはり高校生のころ吉本興業のよしもと芸人の影響を受けた「ちょっかい出して笑いを取ろうとするやつ」あるいは「イジると称した侮辱」みたいなことを受けたことがあるのだが、その時私は意図的に食ってかかるとすぐにいじりという不快な行為はなくなった


つまり私はめんどくさいやつだと思われたわけだ


で、私は今家庭菜園をしていて雑草を抜いていると雑草の構造を見ると思うのだが、植物というほぼ動かないような生き物でも横にいる他の個体を攻撃しながら生命を維持している傾向がある


つまり巧妙に根っこを張り巡らせて土を包み込むあるいは掴むように成長して、横にいる他の個体に栄養や水を与えないように意地悪しているのだ


だから植物は進化の過程で背を高くして横の他の個体の光を遮るように進化したり、あるいは芝のように最速で横に広がり他の個体に余地を与えないように進化したりして生き残りを図っている


平和そうに見える植物ですら互いに攻撃しあっているのだ


なら動物である人間も攻撃しあっている状態が普通だと考えるべきで、みんななかよしみんななかまという理想の状態はなかなか達成できないと考えるべきだ




だからいじめられやすい人には逃げて良いんだよじゃなくいじめられにくくなるにはどうすればいいか?を考えるように促すべきだ


つまり進化しろと教えるべきなのだ


勉強をがんばって見返すとか意味わからん対策は対策にならない


べつに空手を習う必要はないし暴力を振るう必要もない


厄介になればいいのだ


厄介になればターゲットは他に向くのだが、なぜか日本ではいじめっ子が刃向かうことを否定する論調が主流だ


日本の手を出したら負け教育、逃げて良いんだよ教育は、おそらく政府に国民が向かってこないように精神的に去勢するための教育なのだろうけど、殴ったら負けとか穏便に済ますとか相手にしないとかその場を立ち去るみたいな日本人の卑屈な発想は気持ちが悪い



生物学的には常に争う状態が普通なのだから自分が変わらないと安住の地は得ることが出来ない

それを子供に教えるべきだ

関連記事

swiftでは変数名はまず適当に決めて最後に改名しよう

戦国時代の武士は出世するごとに名字や名前を変えた

例えば豊臣秀吉は木下藤吉郎、羽柴秀吉、養子に入って藤原、関白になって豊臣というふうに変化した


プログラミング言語Swiftでもこの方式をつかうとプログラミングしやすいと思う

つまり最初は変数名定数名を適当につけて、のちのち改めて行くというものだ

なぜこの方式を使うかと言うと変数がその後違う目的にも使われるようになったり目的が追加されたりするからだ

最初に決めてしまうと後々厄介になってしまう

Swiftでは変数名をCommandを押しながらクリックすれば変えられる


ちなみにSwiftではCommandキーを押しながらクリックすれば変数名定数名を選択でき、まとめて改名できる機能がある

その機能とは「Edit All in Scope」というやつで、これを使って最初につけた暫定的な変数名定数名をまとめて改名してふさわしいと思われるものに変えていけばいい

かわいいな

関連記事

上級国民のよくやる不正「基金」

日本人みんなから1円ずつもらうと1億円集まる

そういう妄想をしたことはないだろうか?

私も当然したことがある

日本では誰かがみんなから1円ずつ受け取るだけで1億円になるのだ

そしてこういう考え方を市場予測とも言う

例えば自分が製紙会社の社長なら女性の生理用ナプキンの新製品を販売することを考えたとき、日本人のうちまず男性を除外して次に女性のうち高齢者と二次性徴前の女児を外して買い手の市場全体の規模を考え、女性のうち既存の自社商品を買う人と他社製品を買う人が潜在的な顧客になるわけだ

商品を売るとき、ターゲットが限定されてしまう商品は生理用ナプキンのように限られた人たちを顧客として奪い合うことになる


さて、この記事は上級国民のよくやる詐欺「基金」というものだが、この記事では上級国民である公務員や政治家や企業関係者はしばしば基金というものを使って悪事を行うことを書きたいと思う


ちなみに基金(Fund)とは特定の目的のために複数人がお金を出し合い貯めたお金から目的の達成のために支出していくというものである

だから、国際連合の組織であるWFPやWHOもある意味基金だし、厚生年金や国民健康保険も基金だ、そして住民税も所得税もそうだ


で、基金はいろいろな地域や時代、社会で見ることができるお金のやり取りで、例えばイギリス人は職業ごとのギルドで同僚の葬儀代を工面したし、日本でも同僚の親が死ぬと数千円ずつ同僚が出し合うことがある
18世紀のカリブ海の海賊は怪我をして引退する同僚の怪我の具合に合わせて奴隷や金貨を与えるというルールを持っていたそうだ
また、アフリカの狩猟採集をしている村では捕れた獲物の一部を同じ村の人たちに配り、同じ村の人たちも同じように他の村人に配り、やり取りすることで獲物が捕れなかったときのリスクを分散している



歴史上では基金はしばしば「神に誓って」という前提で契約者、参加者が合意して作られた


なぜなら、お金のやり取りは恨みを持ったりする人や不正をする人が現れるので神に誓うことで公正さの源である個人の善意に訴える必要があったのだ


だから、キリスト教の協会はイギリスで19世紀に初期の簡易保険や生命保険がうまれたとき「危険だ!」と信者に訴えることすらした


つまり18世紀当時の人たちにはお金のやり取りが正しくされることを信じられなかったのだ


18世紀の当時の人たちには基金の持ち逃げを捕まえてくれる警察やリスク管理の計算方法の数学が無かったというのも大きい

実際、労働者同士や同僚同士で作られた基金は分配方法の計算間違いによる破綻や持ち逃げや先に入った人が有利すぎる(日本の年金と同じような)というような問題は常にあった


で、企業や個人のモラルが上がりお金のやり取りで恨みを持つ人や不正を持つ人が減ってきた現代ではいろいろな基金的な組織がいろいろな目的の達成のために活躍しているのだが、やはり21世紀の現代でも不正をおかしたり日本の年金のように破綻に瀕しているような基金も大きい



で、基金が破綻する理由は基金の持ち逃げや日本の年金のように計算間違い(あるいは環境が変わったのに減額しないこと)以外に基金自体を食い物にされてしまうということがある


基金は目的の達成のためにみんながお金を出し合うわけだが、金額が大きくて複雑な目的のための基金だと管理人役をする人が必要になる


しかし、このとき、役得を求める人が管理人役につくと基金の現金が内側から食いつぶされることがある

例えば日本で言えば、年金でやらなくていいグリーンピア〇〇というリゾートホテルの建設運営やマッサージチェアを買ったり、オリンピック組織委員会が無駄に良いオフィスに入ったりハイヤーで移動するみたいなことを始めるという状態だ


21世紀の日本で上級国民と言われる人たちはわかりやすい資産を蓄える代わりに基金を食い物にして役得を手に入れている


役得であれば報酬として受け取る金銭のように所得税がかかることなく経費として食事したり移動したりホテルに泊まることができる

よく地方の市議会議員が視察と称して海外に遊びに出かけるのも役得だ

あるいは竹中平蔵のように派遣会社の関係者のくせに政府に潜り込んで利益誘導する二重スパイみたいなことをして利益を得るのも役得だ

厄介なのはわかりにくく調べないとわからないという点で、まるで農作物の茎に潜り込んで食い荒らす害虫に近い

つまり現代の上級国民は昔の貴族や大名や王と違い、組織に寄生して役得を得るので庶民にはわかりにくいし怒りの鉄拳をくらわせにくい場所にいるわけだ


ロシア革命にしてもフランス革命にしても宮殿を囲める人数が集まると革命はもはやとめることができないのだが、わかりにくく顧問とか相談役とか委員という立場で寄生されたら怒りを覚えても実力行使までは至らない


全く上級国民はうまいこと考えたもんである

関連記事

東京オリンピックのボランティアがチベットの奴隷にそっくり

東京オリンピックのボランティアがかわいそうだ

東京オリンピックのVolunteer(志願)ではなくボランティア(タダ働き)という

カタカナで書いたら意味が変わる日本の悪習で、オリンピック関係者のために下働きをさせられることになったからだ


私は以前チベットの貧乏人に日本の貧乏人が似てきていると思いそれを書いた

私の調べによればチベットでは仏教が大変盛んで、チベット仏教と王様、あるいは貴族とチベット仏教が結びついていて、貴族や王様は貧しいチベットに住むチベット人たちに高い税金をかけて、払えないと奴隷の身分に落とし、作物を取り上げ、年に何十日も宗教行事や公共事業に農民たちを無償で駆り出したそうだ

このとき、チベット人たちは食事は自弁(自分で用意)しなくてはいけなかったそうだ




私は、貧困化する日本で税金が払えない人に懲罰的な延滞金を課すことに憤っていたのでチベットみたいだな、と思い調べて書いたのだが、どうやら日本社会はチベットに近づくようだ



チベットでは宗教が王と結びついていていたが、今の日本は電通や創価学会やマスコミが政治と結びついていて、ただのスポーツイベントであるオリンピックに大学生やある種の専門家を無償で駆り出そうとしている


このことについて疑問を感じない人は日本が貴族制に移行したことに気づいていないと言える



つまり生まれた一族や属しているグループによって社会から利益を得る小集団が社会を乗っ取っている状態に気づいていないのだ


政治家も官僚も世襲だらけ、経営者層も世襲だらけで、互いに結びついて利益を享受する様で日本は今や貴族制である


今の政府が民主主義国家の政府であるにもかかわらず気軽に増税したり国会で議論せずに閣議決定だけで外国に数千億円をばらまいたり数兆円分の戦闘機を買うことを決定できる時点でもう日本は民主主義国家ではない


チベットの奴隷と今の日本が同じくヤバいのは個人の権利が侵害されているという点で、日本人はサービス残業している人が未だに多いのだが、これはまるで無償で働かされるチベットの奴隷の身分にされた農民そのまんまである


つまり無意識のうちに働かせてもらってるという発想のもと他人のためにタダ働きしてしまう人が多いのだ


貨幣経済がすすんだ社会ではなにかしたら金銭授受が発生することで経済活動がおきる、つまりサービスを換金してしまう社会なのだ、だから、自分の結婚式に友人のエキストラを呼んだり会話をするだけの店であるキャバクラやスナックという商売が成り立つし、葬儀も商売になっている、ついほんの数十年前までは日本人は死んだ親族が死ぬと自分たちで穴を彫り土葬していたというのにである


逆に自由経済に巻き込まれていない社会ではお互いに助け合い分け合って人々は生活する、なぜなら、個人同士の助け合いを換金する対象として見ていないからだ

だから、今でも田舎では親族同士での助け合いを当然のように借りてトラブルを解決する人が多い一方で、行き過ぎた現代では兄弟の子供(甥、姪)を1日預かることすらおっくうに感じる人がいたり、預かるなら対価(お金)を払って当然という人が増えてきている、というか我が子すら19時まで預ける人も珍しくはない社会だ


そう考えると日本のように他人の会社でサービス残業するというのは…奴隷に近いかな?
なぜなら、貨幣経済の価値の保存の道具である通貨はもらえないし、助け合う社会のように貸し義理が貯まるわけでもない
得するのは経営者だけだ


ちなみにチベットの人たちは中国共産党軍が侵攻してくる以前にはすでに90%以上が借金を抱えて奴隷階級になっていたそうだ、だから、チベットが占領された直後から今に至るまで、フリーチベットという運動はあっても、チベットを開放するためにダライ・ラマは部隊を編成していない


つまり本気で取り返すべきチベット人の自由は歴史上を振り返るともともと無いから頑張れないのだ


今、東京オリンピックのボランティアに限らず日本人は王朝時代のチベットの農民のように税金が払えないと高い延滞金をかけられるし、他人の会社のためにサービス残業で無償で働いている人がいる
そして宗教行事に駆り出されたチベット人と同じく日本人も無償でオリンピックのボランティアに仕立てられている


ちなみにチベットの宗教行事は宗教行事とはいえ実際には集金イベントになっていて、つまり寺院に農民たちが寄付したお金や物資を僧侶や貴族や王が管理という名目で自分たちで分け合い私腹を肥やすイベントになっていたという点で、東京オリンピックで金儲けを企む日本の政治家や企業関係者に似ているw


広告料はマスコミや電通で山分け、役職に森喜朗とか皇族とかがついて責任取らないくせに役員報酬を山分けw

それから金メダルを作るためという理由で日本では携帯電話やデジカメなどを国民から無償で回収したし、木材も地方から無償で集めた、まさにチベットの宗教行事で金儲けとオリンピックはそっくりなのだ


だから、あれほどザハ・ハディドのデザインしたメインアリーナをどうするか揉めた結果、ゴミ箱みたいなデザインのオリンピックのアリーナになってしまったし、聖火台の置き場すら忘れていた

つまりオリンピックは税金山分けイベントで、聖火台やメインアリーナはTodoリストの後ろにあったわけだ


結局チベットは中国の侵攻を受けたあといくつかの部族が反抗したあと組織だった抵抗をやめてしまった



今貴族制になっている日本が将来、どこかの国の侵攻を受けたあと、独立のために戦う日本人は果たしているのだろうか?と私は思うようになった

今の日本が続けばダライ・ラマのように自分だけ安全な場所から発言する卑怯者だらけになっていくのではないだろうか

関連記事

まーた安倍政権に割りを食わされる九州

韓国と日本の政治の緊張のため、日本と韓国間の旅客が減少傾向にあり、福岡と釜山を結ぶ高速船ビートルはお盆期間韓国人の乗客は7割も減少した

また、九州各地の空港も大韓航空やティーウェイ航空などの韓国の航空会社が運休を決め、ただでさえ宮崎空港と鹿児島空港しか黒字空港がない九州の各空港は赤字幅を拡大してしまうことが決まった

現在九州では鹿児島空港が黒字で、宮崎空港は小幅の黒字で、あとの空港は福岡空港含めて皆赤字なのだ

だから週に2便とか3便であっても航路が減ることは大きくダメージだ



今、日本政府は韓国政府を突き放した態度で望んでいるが、果たして日本に有利なロードマップ?先行き?を持っているのだろうか?


あるなら良いが無いなら韓国のみならず九州の経済活動も干上がってしまうことになる(だめじゃんw


つまり、今、安倍政権が韓国の経済活動の首を締めているのだが逆に九州の経済活動の首も締められてしまっているのだ


今、九州ではインバウンド観光を拡大しようとしていて、つまり外国人を増やしても観光で稼ごうとしている

そんな中、国際便が減ることは当然キツイ

なにしろ韓国のインチョンをトランジット(飛行機の旅で言う乗り換えターミナル)として使って来る韓国人以外もいるのだから、単にネトウヨのごとく「韓国人こなくていい」とか「韓国人いなくなってラッキー」というふうな簡単な話ではない

また、九州の各県が投じた観光客を増やすための過去数年間の支出も無駄になることになる


そして、問題は安倍政権の裏付けのよくわからん先行きのわからない対韓国政策によって被害を受けるのは結局外国人観光客に期待していた九州各県であり、安倍総理は九州の経済がいくらどうなろうが少しも困らないという点だ

言うなれば九州が盾に使われている感じだw

九州が盾に令和元年8月20日


韓国が音を上げる前に九州が音を上げるかもしれない

結局、ネトウヨって「韓国人がいるならいかない」と威勢がいいが、いないときにも来なかったから九州各県は韓国や中国や台湾の観光客に期待しているわけで、来ないなら居ないのと同じだ


結局パソコンから出てこないと言う点ではネトウヨもアニメのキャラと同じで二次元の中の存在である


明るいロードマップがあるなら良いが無いなら二国間の関係を正常化するべきだ(どうせないんだろうけどw

関連記事

解雇自由化という産業破壊

ネット上で日本の労働環境を変えるには解雇自由化をするべきだというネトウヨの意見を見ることがある

しかし新自由主義の先進国イギリスで起きたことは私達に教訓を与えてくれる


鉄の女マーガレットサッチャーはイギリス保守党の政治家でイギリスの女性首相で旧姓はロバートだ

サッチャー政権ではイギリス保守党の支持層である小金持ち、つまり中小企業経営者や専門職についている人たちの伝統的な考え方に基づいて新自由主義的な政策を実行し、反対を受けながらもサッチャー政権は自分たちが改革と考えていたいくつかの政策を実行した

その中の一つが解雇自由化


第二次世界大戦後、大きな戦争を戦うために国家の力が強くなり主要な産業や公益事業を国有化していたイギリスはそ子に属していた労働者の力が強くなり保守党の支持層たちは威勢がいい労働者のデモやストライキを自分たちの経済活動の目障りに感じていた


つまり、毎年デモやストライキで賃上げを迫る労働者とその労働組合を苦々しく見ていたのだ


そこで、サッチャー政権ではまず労働組合を「社会主義者だ」とか「イギリス経済に悪影響を与える奴ら」あるいは「内なる敵」と批判する世論を作り出した(この辺は小泉政権の郵政民営化や国鉄民営化と似ている)


で、その後サッチャー政権では労働組合に不利になるような法令をどんどん制定し労働者がデモをできないようにしてから

労働者の弾圧を始めた

つまり、暴力を伴う合理化

例えば工場や炭鉱で人員削減を迫り反対をすれば警察の機動隊や騎馬隊を差し向けて蹴散らしてみんな逮捕したり、危険人物扱いをした



つまり、政府に反対をする人を危険人物扱いをし始めたわけだ(この辺は現代のネトウヨの思想なんかモロそうだね)

それまで普通に働いていて、ある時政府に反対をしたらその瞬間から「イギリスの内なる敵」という論法をサッチャー政権が作り出すことに成功した

こうして、イギリスの炭鉱や製鉄や造船や電力会社、ガス会社、鉄道などを合理化(というか人減らし)したわけだが、問題は、新自由主義の通りに現実は動かなかったという点で、炭鉱が閉山すると中年男性は年金と補償金を受け取り退職金で生活できたのだが、問題は、若い人で地方からはどんどん人が流出し始め衰退した地方では犯罪率と麻薬常習者の割合は増加し始めた

サッチャー政権は不景気を乗り越えるために産業を転換して新しい産業に労働者を向かわせようとしたのだが、結局人間そんなに簡単に変われなかったのだ


しかも、サッチャー政権による人減らしで弱体化したイギリスの製造業は今度は外国企業からの買収される対象になるほど弱体化していて、例えばイギリスの自動車メーカーであるジャガー、ランドローバーはインドの財閥系の自動車会社であるタタ・モーターズに買収されてしまったし、イギリス女王の愛車ロールスロイスもフォルクスワーゲンに買収され、イギリス本土の電力会社のうち4分の1は香港の大富豪である李嘉誠のファミリーによって買収され支配されている、また、5%の水道会社も李嘉誠のファミリー企業が支配している
さらにブリティッシュスチールはトルコ人に買収されてしまった


つまり、サッチャー政権とその母体イギリス保守党の支持層が目の前にいるこうるさい労働者を黙らせるために労働組合を弾圧し人員削減をした結果、内輪もめにエネルギーが奪われイギリスの企業の競争力が失われてしまったのだ


サッチャー政権のやり方は二虎競食の計を自分で自分にかけたようなものだ


また、サッチャー政権は当時の労働組合の中でも強かった炭鉱労働者の労働組合を潰せば改革が進むだろうと考えていたため炭鉱労働者を攻撃したのだが、問題は、イギリスの国内で使用されるエネルギーのうち石炭を過半が占めていたという点と炭鉱と付随する産業に従事している人があまりに多かったという点だ


それまでのイギリスでは暖房も石炭だし発電も石炭だったのだが、サッチャー政権により国産のエネルギーである石炭から石油にエネルギーを転換するため海洋油田の開発をした結果、イギリスでは北海油田を開発したため通貨価値が上がり始め強烈なインフレがおこりはじめて庶民の生活を圧迫し始めた

さらにそれまで石炭を貨物として運んでいた鉄道は線路の利用率が低下し始めるし、炭鉱の周囲の町からも人口流出がおきた


しかもサッチャー政権は解雇自由化で新しい産業が振興すると考えていたので解雇自由化をすすめてドイツやフランスよりも労働者を解雇しやすくした結果、逆に既存の産業が海外に出ていきやすくなったため製造業の空洞化が促進された


つまり、解雇自由化すると労働者への解雇の手切れ金が少なくすんだり払わなくていい項目ができるから、イギリス本土の工場を閉鎖してアジアや東欧に工場を移動したほうが良いわけだ
それに解雇しやすいからと言う理由で工場をイギリスに作る理由も無かった


こうして、サッチャー政権の壮大な実験はイギリスの国内の産業を破壊して外国人や外国企業に売り渡すだけになってしまった


そして、サッチャー政権による新自由主義の実験は炭鉱や製造業のような「キツイし汚いし危険だけど給料は良い仕事」をイギリスの地方から奪い残された低賃金のサービス業につくたくさんの人と、一握りの小金持ちを生み出すという結果に終わった

サッチャー政権以前にイギリスにあった工場や炭鉱で働いていた「賢くないけど働き者」の人たちはサッチャーにより稼げる仕事を奪われ「バカで貧乏人」となってしまった


イギリスでは現在5人に1人が貧困状態で暮らしている

関連記事

バイ・アンド・ホールドという特攻隊

十死零生


100%死んで生き返ることがない特攻作戦を指して言う四字熟語である


現代の戦場である株式市場でも十死零生の作戦で戦うものたちがいる

それがバイ・アンド・ホールド信者だ

彼らはいかに持ち株の含み益が上がろうがその益で自分のために何かをするということはなく、株式市場に自らの資金を投じ続ける


弱気相場の間にも買い増しを怠らない彼らはある意味特攻隊であると言って良い

関連記事

日本人が香港のデモを理解ができないのは無理もない

香港のデモが加熱しているらしい


しかし対照的なのは日本人のヤフーニュースでのコメントで、まるで的外れすぎて面白い


具体的には迷惑がかかるとかやり方が悪いとか冷静にとかやりすぎとかテロリストと同じとか、まるで感情的なコメントばかりで、理屈が殆どなかったことに私は驚いた



結局、腰抜け平和主義の日本人にとっては香港人が正しいか間違っているか、どうしたいのかはどうでもよく、ただ穏便な社会ならそれでいいのかもしれない


これはフランスのイエローベストデモでもそうだったが、主張している人が何を訴えているかどうかは日本人には関係がないのだ


それによく考えると日本国内で電車内やレストランの中で乳児が大声で泣いているとき、日本人はこれに対して親は早く子供を泣き止ませるべきだとか、外につれていくべきだとか、連れてくるなという意見を考える人が多く、親は子供が泣いているときにどうするべきかではなく、さっさと平常時に戻ることを望んでしまう


だからもしかすると日本人にとっては社会に不満を持って訴える人すら騒音なのかもしれない


正しいか間違っているか、何を訴えているかは重要ではないのだ


そして、さらに私が思ったのは将棋の好き嫌いについてだ


将棋は複数の種類のコマを相互に交代しながら動かし取り合うゲームだが、ルールをそもそも覚えられない人、覚えられても将棋を面白いと感じる人と感じない人がいる



同じように日本人はもしかすると社会問題を訴えることを好まない側の人たちなのではないかと思う


将棋は頭脳を使うゲームであり考える事自体を好む人でなくては楽しむことができない遊戯である


同じようにデモ活動で意見を主張することを楽しいと楽しめる人とそうでない人がおそらくいて、日本人には少ないが香港人やフランス人には多いのであろうと思う


だから日本人には香港人は理解できないのだ

関連記事

バカほど安心したがる

バカほど安心したがる

これはなぜかというとバカは恐怖の対象をうまく認識することができないからだ

例えば木工用の電動工具には危険な道具がたくさんある

かんたんに指を切り落としたり失明してしまうようなものだ

そういう道具を扱うときに、使う人は「危険だけど安心」なんていうだろうか?


いや、言わない


安全装備を身に着けて、自分でも気をつけて作業に当たるわけだが、それでも怪我や死亡事故が発生する


特にアメリカの場合、木こりは最も死亡率の高い職業の一つであるとされている



一方で株取引という危険な行為そのものをしているのにも関わらず安心したがる人は頭おかしいとしか言いようがない


人は電動チェーンソーを使うときは注意するわけだが、株取引で含み損を抱え始めたりリスクが高くなっても安心したがる人は知性を疑うべきだ


木こりは指や手足や命を失うが、株取引ではしばしば現金という税引き後の手取りを失ってしまう


株取引という危険な行為をしながら安心したがる人はどうせ損をするのだからマールボロでも吸ってリラックスしていたほうがマシであると思う

関連記事

日韓関係の悪化で九州は悪影響を受けている

韓国のティーウェイ航空の熊本とソウル間の発着便の全面運休が決まった

熊本空港の国際便が減ることになったわけだこれは空港経営にはイタいと思う

なぜなら、熊本ソウル便は年に11万人ほどが利用しているため、それがなくなるっていうのは空港の売店や食堂や交通機関にとってはダメージが大きい(だって11万人だぜ!?


ティーウェイ航空は他には佐賀大分鹿児島で運休し、関西空港、那覇空港も運休に入るそうだ


全く、国際関係に翻弄される日本の地方空港は大変だ


今、九州の空港で黒字なのは宮崎空港と鹿児島空港だけで、福岡空港も北九州空港も赤字である

で、黒字の宮崎空港と鹿児島空港のうち宮崎空港は黒字とはいえ黒字額が小さいため路線が減れば即座に影響を受けるであろうと見られ、そうなると九州の空港で黒字なのは鹿児島空港だけという異常事態になってしまう


結局、公共交通機関である空港は赤字であるということは「必要とされていない」ということであり、赤字なら存続の意義を再確認する必要がある



もはや今となっては九州の空港のうち、何が必要で何が必要でないかを再確認する必要がある


今や令和元年の九州は安倍政権のアベノミクスのおかげで韓国よりも低い最低賃金の地域であり、わたしにとって歯がゆい状態にある


そのため九州の人たちはまるで農家の人が雨を望むように外国人観光客を待ち望んでいる(悲しいなぁ


安倍政権の自尊心を満たそうとする対韓政策よりも、今の九州の人たちには外国人観光客のほうが大事であると言える

ま、貧すれば鈍するというやつだ

関連記事

アメリカ株は調子を戻すことができるのか?

アメリカ株は今後どうなるのか?

それは目先の高値を更新できるかどうかにかかっている

私達は下げていた株が突然+5%などの急騰で値上がりすると「ああよかった、値下がりは杞憂か」と安心してしまうが、そういうときに大事なのは目先の高値からの距離とトレンドの強さで、一度利食いした場合、すぐに買い戻すよりも目先の高値を超えてからのほうがまだましの場合が多い


これはなぜかというとエリオット波動で言うところのABC波のB波をトレンドの継続再開と錯覚してしまうことで本格的な下げに巻き込まれてしまう状態をさしている


結局、個別銘柄は出来高の問題でテクニカル的に正常でない場合も多いため注意しておくにこしたことはない


買おうとしている株の目先の高値からの下落したパーセンテージを確認してから買うべきである

強気相場の末期の今、もう取り返せないような下落した株を買う理由は無い

関連記事