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米国株テクニカル分析ブログ ソシアルアドバンテージ 香港株、米国株、エリオット波動のブログ

世界とあまりに乖離した日本人にはグローバルな商品は作れない

日本は人口密度が高い国だに面積あたりでは国としては世界で22位だし、山が多いことを考えると実際の人口密度はもっと高い


で、日本の企業が最近世界的な商品を生み出すことができないのか?について考えたとき、日本の人たちと世界の人たちのライフスタイルがまるで違っているからではないか?と私は考えるに至った


よく日本では通勤時間が長いということや休みが少ないということが問題とされている


確かに世界的には朝起きて徒歩や車で30分ほどかけて通勤する人は普通だが、日本のように1時間2時間かける人は少数派であると言える
さらに1日に12時間働く人が普通という状態も実はとても少ない


私が日本の人がなんで世界の社会をワクワクさせられるものを作れないか?と考えると、もしかすると日本人の生活が魅力的じゃないからなんじゃないか?と思うに至った


つまり朝から通勤電車に詰め込まれて1時間以上かけて通勤する人は、世界の人たちのように自家用車や徒歩で通勤する人たちが喜ぶものを思いつくことができないでしょ?と言う訳だ


これは日本だけじゃなく台湾韓国もそうで、それぞれ日本の植民地支配の中で受けた近代教育&精神論により長時間働いてめっちゃ詰め込み教育をすることで高度な工業製品を作る能力を身につけたのだが、台湾や韓国は今に至っても世界の人たちを驚かせる製品を発明するに至っていない


つまり最先端のパソコンやSSDやメモリを作る能力があるのに独自の製品を作る能力は無いのだ(日本の場合、ソニーはいつの間にか傍流だったおもちゃであるゲーム機プレイステーション関連とプロバイダーのネットワークサービスが売上高でも営業利益でも稼ぎ頭になっている)


私はもしかすると日本的な精神論の重視と「他人が休んでるときに働けば稼げる理論」が台湾韓国そして日本のクリエイティブさを破壊しているんじゃないか?と考える


つまり日本のバリバリ精神論で気合でなんとかすることを考えることを植え付けられた台湾韓国日本は人より働いて豊かになれるが、フランス人やイタリア人みたいに生活が豊かになる系のものを作ることが出来ないんじゃないか?と言う訳だ


例えばイタリア人フランス人はスーパーカーであるFERRARIやエスプレッソマシンのデロンギやヨーロッパのブランド物の衣料品や化粧品で日本人や台湾人や韓国人が思いつきもしないような利益率を達成している

例を出せばフェラーリの会社のROAは13%で、毎年変動してもコンスタントに総資産に対して毎年10%以上純利益を上げている、その一方で日本のトヨタのROAはたった3.6%で、売上高あたり3倍もフェラーリのほうが純利益が大きい(生産性高すぎか)


で、私はライフスタイルを変える時期なんじゃないか?と思う

つまり一極集中して満員電車という家畜運搬車で1時間以上かけて通勤するという世界的には少数派でだれも真似したくない生活をやめてもっと世界の人たちが憧れる暮らしをしてイタリア人やフランス人のような憧れられる生活をしないといけない

つまり憧れを持た生活をしてライフスタイルを売らないといけない


面白いのは、インテリアでもフランスやイタリアや北欧の直輸入や模倣したスタイルの家具はあるが、現代日本風の家具は無い

なんでか?というと現代日本の家具は結局ニトリの家具のような無個性無味無臭の無害なデザインであり、そんなものはモダンでもないし和風でも無いからだ

テレビの金持ちの自宅を訪問する番組でもフランス風やイタリア風にしている人はたくさんいても現代日本のようなニトリ風安物家具を並べる人はいない

つまり現代日本のライフスタイルは競争力がないのだ

日本人はグローバルに憧れられるようなライフスタイルを作るしかない



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九州人が商売に向かないポイント「自立心が高すぎて自分でやる」

九州の人たちが商売に向かないポイント

それは自分でやりたがるという点で「自立心が高い」というところだ


この自分でやろうとするというのは個人の資質としては優れたもので褒めるべきものなのだが、現代の社会では時代遅れになっている考え方だ

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例えば美容室の場合を考えてみると、繁華街で美容室が店の前で時々新人に外でチラシを配らせていることがあるのを見たことがないだろうか?


もちろん新人にさせられることがないとき、チラシ配りは妥当な仕事内容かもしれない


しかし、それは昔の考え方だ

現代的な考え方をするならフリーペーパーやウェブサイトに広告を出して自分たちは美容室の仕事に特化しないといけない


つまり集客という手段が増えた現代では新人にチラシを配らせるという本業と離れた部分の仕事を外注化して、特化した部分に注力しないといけないわけだ
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特化した部分に注力するというのは別に珍しい考え方ではなく家の水道が壊れたら多くの人は自分でホームセンターに行って新しい蛇口を選ぶよりも水道工事店に電話するし
車のタイヤがパンクしたら自分で後部座席の下やトランクからスペアタイヤを取り出して交換してタイヤ店に走るよりも自動車保険のロードサービスやJAFを呼ぶ


逆に言えば、自分でやらない人がいるからサービス業になるわけで、冠婚葬祭を昔の人たちのように自分たちでやったり自分たちで家屋と設備の修理をやり始めたら電話帳の3分の1の会社は必要なくなる


で、わざわざ自分でできることを他の人に頼むのはなぜかといえば専門家に頼んだほうがうまくできるからにほかならない


これはクレープを焼く技術や餃子をうまく包む技術のように数をこなしたら上達する技術の他に、医療関係のように勉強して練習しないといけない技術までみんなそうだ


で、九州の人は自分でやりすぎなのだ

つまり自社のホームページも集客も雑務も従業員の管理もみな自分でしようとする


するとどうなるか?といえば自分の能力がそのまま企業の成長の限界になるわけだ

つまり九州の人たちは超個人事業主体質なのだ

そのため自分がインターネットに関する知識やホームページを作る能力知識がなければ21世紀にもなって自社のホームページが無いことになるし、従業員も自分が管理できる以上には増やすことができない、お店の管理や内装も自分が理解できる範囲にとどまることになる


もちろん自分と数人のスタッフで経営するような個人店の経営ならそれで十分なのだが、企業の大規模化が起きなくなるのだ


だから九州では大企業が現れにくいわけだ


で、どうすればいいか?といえば人事能力を鍛える努力をするしかない

人事は現在九州のみならず、日本では軽んじられている部門で、従業員を集めて管理して役職につけるという企業の背骨を作る能力が軽んじられている状態である


例えば従業員を集めるにしてもリクナビやマイナビあるいは地元の求人情報サービスなどを使って新卒を雇いこそすれ、ライバル企業からヘッドハンティングしたろみたいなワイルドな発想をもつ経営者は日本には少ない、そして九州にはもっと少ない

日本で新卒者を採用したがるのは中途採用者の能力を見抜く能力が人事担当あるいは経営者に無いからだと私は考えている

つまり日本の企業は〇〇の能力が今足りないから〇〇の能力や知識がある人を雇えばいいという判断ができないから大学のネームバリューを鵜呑して新卒の大卒を雇うわけだ


だから求人情報をウェブ上やハローワークで検索すると経験者求むと書いてあっても具体的になんの経験者なのか書いている求人情報はほぼない


だから、今自社に何が欠けているのかを調べて知ることが九州の経営者には必要なのだ


歴史好きの間では、日本の歴史上最も出世した男である豊臣秀吉は個人の剣術や弓術や馬術、兵法ではなく人事能力がとても優れていたことで知られている

豊臣秀吉は戦国時代の英雄である織田信長、徳川家康と違い地方領主の家には生まれなかったが、優れた人を部下に招いて軍師や武将として力を借りることで急速に出世した人である

竹中半兵衛(重門)、石田三成を部下にしたときのエピソードが有名だ


単なる歴史好きは「豊臣秀吉の戦略は部下が考えただけ」という考え方をするが、実際には優秀な人を部下に集める人事能力があったのがすごいわけで、豊臣秀吉が凡人や無能なら項羽のもとを去り劉邦に仕えた韓信のように竹中半兵衛や石田三成なども逃げていくはずだ(事実、豊臣秀吉の没後部下たちは徳川家康になびくものが現れ始める)


豊臣秀吉がすごいのは人事能力であり、織田信長や徳川家康はそこが豊臣秀吉に遠く及ばない


で、今の日本の人事は(九州はもっとそうだ)採用はマイナビリクナビなどに任せているし、安いからと言う理由で契約社員や派遣社員を数年交代で使い潰し、バイトやパートに優秀な人がいても正社員に登用しない会社が多い


つまり、徹底的に豊臣秀吉の人事と逆のことをしているわけだ


ならなぜ何でも自分でしたがる経営者はマイナビやリクナビを頼るのか?といえば自分に人事能力は無いし人望も無いし自社の知名度もないのだが、企業の存続に人間は必要なので求人活動をする必要があるからだ


そして、リクナビやマイナビから応募してきた人に対しての無能な経営者の認識は代わりはいくらでもいるというもので、なんら期待はしていない


なぜなら人事能力が無いからだ


で、なぜ日本で派遣社員が必要なのか?といえば自社の知名度ではだれも応募して来ない会社が人を集める為であると言える


九州人のみならず日本人はもう少し人の使い方を学ぶべきであると思う

社内行事を自腹でするな

以前いた職場では、毎月の給与から一定額を天引きして積み立ててそのお金で時々親睦会的なことをしていた


そして私はその親睦会をクソだと考えていた


なぜかと言うと、自分の給与から天引きされる為すごくやな感じがするし、会社からの福利厚生費的な支出もない親睦会と言うのは言うなれば自腹でレクリエーションみたいに感じてとても嫌だったのだ


いくつかの会社で働くとわかるが、儲かっている会社は福利厚生費を会社から支出する


その一方で、ケチな会社は福利厚生に支出をするどころか、給与から天引きしたお金で社内行事をしようとする


こう言う点が地方の古い企業から若者を遠ざける原因に他ならない


天引きした給与で社内行事を行うというのは言うなれば「お前らに余計な金を払うつもりは一切ない、だが会社らしいことがしたい」という経営者側の考えの表れに他ならない


日本のこう言うアホらしい点は無くすべきだ




日本の弱みアメリカの強み

日本で新しい産業が生まれないのは間違いなく個人の所得が低いからである


現在日本では若者が優れたアイデアを思いついてもそれを自分で実証するために隠れて試すという事が不可能である

まずまとまったお金を稼げる仕事が地方にはほぼ無いし、つけた人は辞めない

だからちょっと面白そうなアイデアを若者が思いついても試作にすらたどり着けないのだ

もし500万円で試作品を作るとして若者がそれを作るために資金を貯めるまでには何年かかるだろうか?

月に5万円貯金しても100ヶ月かかる


だから、日本では若者の発明は生まれないのだ


そもそもアイデアを思いついても、試作品すら作ることができない


また、日本は道路利用が厳しく制限されていて、例えばもしある若者がタイヤのないホバーバイクを極秘裏に開発し初号機を試作したとして、ホバーバイクの操縦を自宅前で練習したら、間違いなく書類送検されるはずだ


なぜならタイヤのあるバイクには法令があるがタイヤのないホバーバイクには無いからだ



そして日本では法律にないことは違法である


だから、オモチャのような試作品のホバーバイクを発明しても日本ではただの書類送検される違法な車両なのだ

せいぜい私有地で乗るくらいしかできない

だから日本ではイノベーションは起きない


試作品を作るお金が貯められないし、試作品を試す場所もないからだ



そしてアメリカで発明やイノベーションが起きるのは、公的な医療保険が無いからである


つまり彼らは所得税を払うとあとは手取りである為、医療費が無いことで、日本の貧乏人とアメリカの貧乏人を比べるとアメリカの貧乏人の方が可処分所得が多い(そして日本の貧乏人はせっかく国民健康保険があっても自己負担分が払えないw)

そのため、公的な医療保険の分の支出を自分で使うことができる

その結果、アメリカの貧乏人は自分で起業する資金を貯めることができる

だからアメリカで移民が成功できるわけだ

そして石油産業や鉱山のような学歴がなくても稼げる仕事がまだ残っている

そして自分が考えたアイデアを試せる広大な荒地が有り、試すことができる


だからアメリカではイノベーションが起きている


日本の弱みがイノベーションを生み出しにくくしている

アパートサブリースとベトナム人実習生

思うのだが、ひょっとすると21世紀の日本人は商才をなくしている気がする


これまで幾度か衰退中の日本と地中海の女王と言われ昭和の日本と同じく製造業と貿易による経済の覇権を持っていたヴェネツィアの衰退期について書いたことがあるのだが、衰退期のヴェネツィアと日本はとてもそっくりで、興味深いので、経済史に興味がある人は是非ヴェネツィアの歴史を知ってほしい



ヴェネツィアの歴史は中東からのオリエントの商品の貿易による利益により発展して、やがて貿易という危険で困難な仕事をヴェネツィア人たちが忌避し、最期にアフリカ東海岸経由でアジアへ向かう航路をポルトガルやスペインが使い始めてヴェネツィアの経済覇権にとどめをさすことで終わりを迎えるという流れをしていた


ヴェネツィア人たちは、豊かになる以前、貿易船に乗り込み地中海を渡り中東の港で仕入れた品物を輸送して利益を得ていたが、豊かさに溺れてしまうと、やがて土地を所有して地主になることを選び、ヴェネツィアの富の源泉である貿易の衰退を引き起こしてしまった

つまりヴェネツィア人たちは船の上で太陽に照らされ潮風に吹かれ海賊に襲われ暴風雨にさらされる生活を避け初めて衰退したのだ

ヴェネツィアが辿った道はありがちな地域の経済強国の経済の興亡なのかもしれない



しかし日本の現状は今やヴェネツィアの衰退期と怖いほど似てきている

日本は周囲を海に囲まれた海洋国家だが、今や貨物船を所有していても、船員になりたがる日本人はかなり少ないし、「ものづくり」とか言っているクセに、猫も杓子も本社を東京に置こうとして製造部門と本社があまりに離れてしまったり、あるいはリスクを取ることが極端に嫌いなくせに簡単に口車に乗って、アパートを建設してサブリース契約をしてしまう


そして、経営者は自分の経営能力の不足を同じ日本人や外国人からの奴隷的な搾取で穴埋めようとしている


さて、この記事では商才について書きたい


そこで、今の日本で起きている受け身なくせに欲をかくみっともない人の増加について書こうと思う



今、日本ではアパートを建設してサブリース契約を結び、家賃収入の問題から逃げようとして逆に不動産屋や建設会社の食い物にされるという例が増えてきている


これによれば、大家は建設したアパートをサブリース会社に貸して、サブリース会社は借り手を探して家賃を受け取り大家にサブリース契約通りの家賃を毎月払うというものなのだが、問題はサブリース契約が実際には大家に不利な契約であるという事や、サブリース契約の改定で大家が不利になるという点だ


サブリース契約の問題は、不動産について勉強せずに儲けようとする大家が「営業の人がいい人そうだから」とよくわからない理由で、自分で家賃と空室率について電卓を叩かずに契約を結ぶ為に発生する自業自得のことが多い



この記事では具体的にサブリース契約で不利になるパターンは書かないが、アパートの需要や、ライバルの存在などすら考えずにアパートを建設してしまう人の多さに正直私は驚いている


たとえば、単身者向けアパートの需要がどう考えてもないような場所で単身者向けのアパートを40部屋も建ててしまうなどだ

特に九州の場合、若者の所得水準が低すぎて、単身で何年もアパートに住むよりも彼女と家族向けのアパートに同棲する方が多く、単身者向けアパートは所得水準の高い工場のそばくらいしか需要がない

しかもやばいのは、今の日本では若者と高齢者の所得に対する意識が違いすぎて、高齢者は若者がこうあるべきみたいな事を言っても若者は金銭的にそんな余裕ないみたいなことが多い



まあ、ともかく、アパートのサブリース契約の問題は不勉強なくせに資産運用をしようとすると愚か者への天災であると言える



つまり商才もないのに借金をしてはいけないのだ



次に外国人労働者あるいは外国人実習生についてなのだが、私が外国人実習生を受け入れようとする人たちに感じる違和感は「受け身」である事だ


つまり自分は外国人実習生の為にベトナム語やインドネシア語や中国語を勉強する気もない癖に、外国人という異質な人たちを呼び寄せて、日本人と同様に働く事を期待すると言うものだ


外国人実習生を受け入れようとする人に限って、外国語を勉強する気が無いし、するつもりもない場合が多い


つまり自分は外国人実習生を受け入れて働かせようとしている癖に、語学の面では「相手が勉強してきて当然」という受け身なのだ


そして、当然そういう横着な日本人経営者のいる職場からは外国人は逃げ出していくy


つまり相手に合わせるという気持ちが無く、受け身なのだ、そして相手の言語すら興味を持たない場合「商才がない」という



こういう横着で受け身の経営能力の無い人が経営者である企業は九州地方では珍しくもない


しかもそういう奴に限って、日本語が理解できないというだけの理由で外国人をバカにしたりする(そして逆襲されるw)

思うのだが、自民党や公明党の外国人実習生を受け入れ推進した議員の中に一体何人ベトナム語を勉強したことがある人がいるのだろうか?

受け身なくせに欲をかく


これは現在の日本人の悪い点であり、ヴェネツィア人たちがヴェネツィアの経済が傾き始めた時に取った行動と似ている



商売は商才と苦痛無くして成功しないので、商才(知識、経験、判断力)がなければ所有地からの家賃収入すらまともに得ることはできない


その事について私達はもう一度考えるべきである