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インタラクティブであることを諦めた日本の評論家と企業

インタラクティブとは双方向という意味だ

つまり自分が何かを発信した時相手も発信してくる、そしてそれを交互に繰り返すというような状態を表す


で、インタラクティブな環境の代表例がインターネットだ

例えば丸山穂高議員とインターネットの世界のオワコン偶像であるひろゆきが尖閣諸島に行くいかないでTwitter上で数回メッセージのやり取りをしたように、インターネットの世界の面白いのは相手がインターネットの世界にアカウント、つまりメールアドレスでもTwitterのアカウントでもFacebookのアカウントでも、なんなら個人のホームページのコメント欄のように書き込むスペースがあれば相手がAKB48のメンバーだろうがドナルド・トランプだろうがコメントを書き込むことで相手に自分の意思を伝えることができるという点だ


これは人類の歴史の中で画期的なことである


例えば日本では明治時代以前は天皇は御所のすだれの向こうに座っているもので、ごく身近な臣下や世話係しか顔を見ることすらできなかったし、そもそも御所から外出することすら少なかった


また、中国の皇帝も部下が皇帝に近づくたびにお辞儀をさせたり跪かせたりするという面倒なルールを設けていて、今の時代庶民がTwitterでドナルド・トランプのツイートにコメントを書くみたいなことはありえなかった



だからインターネットの創成期にインターネットに関わった人たちがインターネットって自由なんや!と思ったのも無理はない



で、インターネットが面白いと感じるのはインタラクティブ(双方向)コミュニケーションがとれるからで、ニコニコ動画が人気が出たのは配信中の人が見に来た人の書き込むコメントに答えることができたからと言うのが大きい


後続のYoutubeやビリビリ動画もコメントを動画配信中の配信者が読み上げるという文化があることを見ると、やはりインターネットの双方向コミュニケーションの威力はすごい

また、アマゾンドットコムの商品のコメント欄もそうだ

商品のレビューを購入者が書き込むための欄なのだが、時々とんでもない文才を持つ人や、このひとコンサルタントかよ?と言う鋭い分析をする人がいるから面白い

アマゾンドットコムが急成長した背景には商品のレビュー欄の影響も大きいとされている

悩んでいる人にとっては商品のレビューがまるで販売員の解説のような役目を果たしているからだ

つまりアマゾンにとっては商品のレビュー欄はある種の財務諸表に現れることのない資産なのだ


しかし、日本ではインターネットは今後インタラクティブであることをやめるかもしれない


例えばYoutubeに日本企業や日本のマスコミがアップロードしている動画ではコメント欄を仕えないようにしていることがとても多い


これは日本企業や日本のマスコミの中の人がインタラクティブであることに耐えられないメンタルの弱さをしているからだ


日本人はYoutubeという不特定多数の人たちが見るウェブサイトに自分たちの作品であるニュース動画や商品の動画を批判されることに耐えられないのだ

これはおそらく日本人の精神性が関係しているのだと私は思う

なぜなら日本では職場や学校での理不尽なルールやパワハラが横行しているのだが、これはなぜかといえば日本人が理不尽に反抗できずその場で従うことを選ぶという精神性を持っているからに他ならない


例えばクリスマスのケーキの自腹購入のノルマはどうだろうか?


日本人のほとんどは創価学会含めて仏教系なのでクリスマスというキリスト教系のイベントであるクリスマスを祝う義理はないと言ってよい、というかキリストは仏教の人から見れば仏の敵もいいところだwww


しかし、現実としてクリスマスケーキのノルマ、それから恵方巻きなどのノルマが存在している

もし、これがヒンドゥー教徒やイスラム教徒相手だったらおそらく暴力沙汰になるはずだ


しかし、日本人はノルマのクリスマスケーキを受け入れてしまう


しかし、インターネットの世界のYoutubeのコメント欄のように「聞きたくないことは聞かなくて良い」という選択ができるなら話は別で、日本人はYoutubeの視聴者の罵倒や悪口コメントなど見て無視することができないため、コメント自体をできないようにブロックしてしまう



そしてその動きはYahooニュースの記事でもそうで、ニュース記事にコメント欄が無いという記事がだんだん増えてきている


つまりインタラクティブなインターネットの世界にあって言いっぱなしの情報発信をしているわけだ


これはつまり俺は言いたいことを言う、でも反論は聞かないというもので、これは悪いインターネットだww



ヤフーニュースの記事にしておいて、反論は受け付けたくないというのは、私はおかしいと思う


そんなに反論が怖いなら個人のブログで書いとけば、あるいはホリエモンみたいなバカ信者がターゲットのメルマガでいいと思うからだ


インタラクティブであることを諦めた日本の企業とマスコミの姿勢はインターネットを双方向のやり取りができる空間から、インターネットを掲示板に貶める行為に他ならない


張り紙をしておいて読みたいやつは読めという時代となんら変わらない


日本のマスコミやメディアや企業のインターネットはインターネットではない

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なんちゃって大卒の増加

今日本では大卒であっても大卒の水準の高さの給与を貰えない大卒者が増えている


また、図体ばかり大きいのに、従業員にはボーナスすら無い安月給を押し付けている会社が増えてきている


問題の背景には、大卒であっても大卒並みには学力を身につけていない大卒の人が多いからであると私は見ている


以前、確かブルームバーグの記事で中国の大学の経済学の教授が卒業生たちに「もし卒業後君たちが金持ちになっていなければ私の生徒だったと言わないでくれ」と発言したというニュースがあった


これはつまり、この経済学の教授は自分の教えたことに自信があるから「私から学べば金持ちになる」と信じているわけだ


これは学ぶ学生からすれば少し傲慢に聞こえるが私は納得する


例えばピアノの教室に行けばピアノが上手くならないとピアノの先生とは言えないし、水泳教室に通って泳げるようになれないならスイミングスクールの先生失格だ



同じく、経済学の教授から学んである程度金持ちになれないならその教授は先生失格なのだ



今日本ではよくわからん〇〇インストラクターや〇〇検定が増加する傾向があり、資格ビジネスが流行っている

しかしその一方で資格は金にならないことも事実である



なぜなら資格と仕事は結びついていないことが多いからだ

むしろ資格の中で理容師や調理師のように取れたら稼げるあるいは実務能力があるというのは異端であるw

例えば私はガス溶接の資格を持っていて講習を受けたのだが、講習の中で実際にガストーチ(アセチレンと酸素が吹き出して、実際に火が出る部分)を持ったのは当時の100人くらいの中で15人くらいだった

つまり、一部の人しか講習なのにガストーチを触らなかったのだ

だから当然私はガス溶接の資格を軽蔑している


ガス溶接の資格は所詮講習を受けた人であることを証明するだけであり、実務能力を証明してくれない

私はほかに玉掛け危険物4を持ってはいるが実務能力にはなんら自信がない、なぜなら資格は今や素人が仕事に気軽につくことを妨害する参入障壁であり実務と関連は少なく、資格は所詮〇〇安全協会の資格ビジネスでしかない場合が多いのだ


資格ビジネスをしているなんちゃら協会はその資格で稼げなくても中国の少し傲慢な経済学の教授のように自分の授業に自信を持っていないし、水泳教室の先生のように先生失格だと少しも思わない



さて、現代の日本で大卒なのに大卒の給与水準をもらえない人はなんなのだろうか?


多くが親の金で仕送りをもらい、塾に通い家庭教師をつけてもらい大学を出たと言うのに?


大卒とは今や資格ビジネスなのだろうか?


そして卒業生たちにまともな給与水準を与えられない日本の大学教授は無能なのだろうか?


自動車学校は30万円程かければ自動車免許を取得させてくれる、大学はその数倍も取るのに、なぜ稼げない大卒が多いのか?


なんちゃって大卒が多いのが悪いのか、もうわからん

日本の私立学校は自主性がない

日本の財政状況が悪いので増税が必要だと言う政治家に私は疑問を感じる


なぜなら、もしそんなにやばいなら公務員の昇級を停止し、ボーナスも停止、役所の開庁時間も2時まで、国会議員も4分の1にしないのかと思うからだ


消費税の増税は可処分所得を確実に減少させる悪手であり、まともな神経をしているなら、してはいけない事だとわかるはずだ


今日本は国民から自由を奪う方向に政策が実行されている


思想もそうだし行動もそう

そして財産も自由を奪おうとしている


例えば政治家は大学や高校の授業料無償化と言うが、果たしてそれは国民の望みなのだろうか?


答えはいいえだ

いつのまにか、子供の学校の授業料すら政府の補助を受ける流れができているが、経済学で言えば国民は自分の子供の学校の授業料は自分で払える所得を得れる様にするのが政府の役目であると私は思う


しかし今の政府のやり方だと徴税してそこから授業料を支出する事で、国民と学校のあいだに政府が介在する方向に持っていこうとしている


実はこれ「私立学校」の為の賄賂である


これまで有象無象の学校法人が作られてきたが、少子化によって今後学校法人は生き残れない学校が出てくる


しかし、授業料を無償化すれば大学専門学校の進学率が上がり、学校法人は少しの間生き残ることができるようになる


つまり日本政府は私立の学校である学校法人を補助しようとしている訳だ


そうすれば文部科学省の官僚は天下りできるし学校法人を言いなりにできる(原資は税金なのに)


このように、日本の政府の官僚や政治家は税金をどう分配するかを通じて権力を手に入れるのが好きだ


だから私は高校や大学の授業料無償化には反対だ

本来淘汰される学校法人を補助金という点滴で生き残らせてツケを国民に押し付けるからだ



また、そもそも私立の学校が政府から補助金を受け取る今の体制が良くないとも私は思っている


なぜなら私立の学校は本来政府の教育方針から外れて授業料が高いけども、生徒に高い教育やプラスアルファを与えると言う商売であるはずで、税金から補助金を受け取る時点で私立学校の本質から外れているのだ


それはヨーロッパの金持ちや貴族の家系の子供が行く名門の寄宿学校がそういう教育をしているし、アメリカにも同様の私立学校があるし、日本でも幕末期には先進的な思想を持った藩主がいる藩は独自の学校である藩校を作り、選抜された中からエリートを育成したり海外に留学させていた


つまり、私立は本来特別な教育を与えてくれる選抜者の為の学校なのだ


しかしその為には政府の教育方針から少し外れるのは当然だ


いや、逆に日本の私立の学校法人はそもそも私立の学校の定義に反している気すらしてくる

なんせ、特別な教育を与えてくれるわけでもないし、エリート教育を与えてくれるわけでもない



つまり日本の現代の私立の学校法人は単なる民営の学校なのだ

むしろ滑り止めとして受験されている学校も多いしな



で、私が日本の私立の学校がエリート教育のためでないことに気づき、次に思ったのはアメリカやオーストラリアやニュージーランドで見られた先住民のための学校と日本の私立学校の学校法人の共通点だ


北アメリカやオセアニアでは、支配層となった白人は先住民であるネイティブアメリカンやアボリジニやマオリ族を文化的に去勢する為に学校を使った


文化的に去勢とは何かと言えば、彼らの持つ伝統の生活様式や信仰や民族の神話を奪うと言う意味だ


北アメリカやオセアニアで、白人はカトリックやプロテスタントの教会組織に学校を作らせて、ネイティブアメリカンやアボリジニの子供を親から引き離して教会の神父や牧師が教師となって学校を運営して、現地人の子供を彼らの民族的な伝統や習慣文化神話から隔離して育てた


その結果、ネイティブアメリカンもアボリジニも、それぞれネイティブアメリカンなのに考え方は白人、アボリジニなのに洋服を着て十字架に拝むように「文化的に去勢」されてしまった

こうなれば彼らは自分で勘違いして名誉白人気取りになってネイティブアメリカンやアボリジニによる白人排斥運動は起きない(まるでネトウヨ だな)


つまり幕末期の藩校やヨーロッパの寄宿学校のようなエリート教育を与えるのが本来の私立の学校であるのだが、北アメリカやオセアニアでの宗教系の学校は現地人を白人に都合よく作り変えるための学校だった



これを踏まえて日本の私立学校を見ると高校や大学の中には宗教系(キリスト教系)の学校法人が意外と多いことに気づく



そう言う学校に入れば、浄土真宗だろうが曹洞宗だろうが、賛美歌を歌わされるし、聖書を読まされる


なぜ国民の多くが仏教徒(新興宗教も仏教系が多い)である日本にキリスト教系の学校があるかと言えば、おそらく日本人も文化的に去勢されようとしていたのかもしれない

そしてもともと仏教徒が強かった東南アジアのベトナムやタイやミャンマーは白人による文化的去勢を免れているという事に気づいて欲しい


私は現代の日本で私立の学校法人に授業料無償化を適応するには間違いであると思う


早稲田大学や慶應大学を作った明治の大隈重信や福沢諭吉のような教育者はもはや日本におらず、学校法人も事業として運営されるかあるいは宗教系で、日本人を文化的に去勢する悪の組織かである場合が殆どだからだ

授業料が高くとも、元が取れる教育を得られるなら、その学校は生き残れるはずだ

真剣に向き合う社会のはずが真剣を向け合う社会に

私は日本社会にある空気という概念が嫌だった


なぜなら真剣にお互いが意見を交わす事を妨げることになるからだ

つまり本来なら意見をぶつけ合わないといけない時が人生には時々あるのに先輩とか後輩とか上司とか部下とか、お互いの立場を前提として会話するような今の日本社会の態度は良くないと考えていたわけだ


今の日本社会では興奮して言い争いすると大人気ないと言ったり、みっともないと言ったりして批判する


しかし、落ち着いて話せば解決するほど現代社会はシンプルではない


だからお互い傷つくことを恐れずに意見を交わすことが時には必要なのだ


つまり本来なら争いを回避するための日本語の敬語や社会の上下関係が、社会の問題を内包したまま解決を先送りしてしまうのだ




しかし、今や日本の社会は私が思い描いた真剣にお互いが真剣に向き合う社会じゃなくて、お互いが真剣を向け合う社会になってしまった


つまり真剣である刃物を向け合う社会になってしまっていて私の理想と一文字違いの大違いになっている


真剣に〇
真剣を×



思うに日本社会に蓄積したひずみが噴出しているのかもしれない


つまり切り傷に消毒せずに包帯巻いたら包帯の下でグジュグジュの膿が溜まっていたみたいな感じだ


ここ数年間で切り裂かれた日本社会の仕組みや伝統は、歪みが溜まっていたと思う


私は言いたい、なぜ真剣に向き合わないのか?真剣向け合う社会は長く存続できない

敬語の慇懃無礼さやマナーという名の精神の去勢という暗示を振り切り私たちは真剣に向き合う社会を再構成するべきだ

エリート教育をしない世襲全盛の時代の今の日本

エリートてなんだろ?

エリート教育について今回は書く

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エリートというとミリオタは精鋭部隊のアメリカ軍のシールズとか、イギリスのSAS、ドイツのWaffenSSなどが思いつく

フランス人だったらグランゼコールを出た人を言うのだろうか?

日本人だと企業で出世コースにあるような人だろうか…

イギリスとかだと寄宿舎付きの学校を出たええとこのこかな

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世界にはエリートと呼ばれるものがいくつか有るが、今回は人間社会におけるエリートについてかく

つまり選抜され特別な教育を与えられた人たちで特殊な任務に従事する人、人たちだ

そして日本と比較していく

<1.こんなにあるぞ世界の選抜方法>

エリートは選び抜かれた人という意味がある、だからまず選抜方法が大事だ
シールズ訓練2017年12月2日午前9時11分
ネイビーシールズは息継ぎ無しで50m泳げないといけない

また、イギリスSASは25kgの荷物を背負って冬の山道を60kmも歩く試練が有る

ドイツ軍のWaffenSS(武装親衛隊)は数世代に遡って、自分がユダヤ人の血が入っていないことが説明できないといけなかった
また、身長も173以上ないといけなくて、虫歯があっても入れなかった(この基準だとヒトラーもゲッペルスも入れないw)

フランスのグランゼコールは試験だけで頭痛くなる

要約すると
・テーマに対しての自分の意見を論文形式で書く
・数十ページの外国語のテキストの翻訳(翻訳家か?)
・論文を読んでそれに対する説明、討論

入学試験
CPGEを卒業したものは、グランゼコールの選抜試験へと進む。選抜試験は、筆記(論文形式)と面接による試験である。試験内容は、専攻する学問に関連する領域における論文を記述するもの。

例えば高等師範学校(文系)の場合には試験は二次に渡って実施される。一次試験では歴史学、哲学、社会学などの領域を対象(専攻領域によって対象は異なる)として、「××(歴史的な出来事)のフランスにおける意義」と言った広汎な設問に対して論理的かつ詳細な論述が求められ、同時に数十ページに渡る外国語テキストの翻訳の語学試験(二カ国語以上)も実施される。試験時間は論述試験は一領域あたり6時間程度、語学は4時間程度を要するため、一週間程度の期間に連続して試験を受けることになる。この一次試験を通過した後に一次試験と同様の二次の論述試験と共に、数時間で論文を読破した後にその内容に関する詳細な説明や討論が求められる面接試験が実施される。したがって、面接試験と言っても日本における面接試験のような、志望動機や入学するに当たっての希望や心構えなどが尋ねられることはない。


頭いい人を削ぎ落として、削ぎ落とす

これがグランゼコールかw

ではグランゼコールの例題を出そう

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”Le langage n’est-il qu’un outil ?”(言語は道具に過ぎないのか?)

試験時間4時間         ちなみに計算機の使用は禁止
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え?てなる

こんな問題出てきたら日本人には「はい」か「いいえ」しか書けない

フランス人エリートはこれをとく

2.こんなにもらえるエリートの特権

〇ドイツ軍の武装親衛隊は常に最新の武器を与えられていたことで有名で、その強い悪役イメージの醸成に一役買っている

まず戦車、装甲車の配備も最初に行われるから一般部隊からすれば『ズルい」の一言だ

有名なティーガーⅡやパンターなど、武装親衛隊は優良な装備を持つことで常に攻撃の焦点に向けて用いられた

〇グランゼコールを出るといきなり大企業の幹部になることも珍しくない
グランゼコールは実業学校だ
だから大学と違う
だから大卒資格は得られない
でもなぜかみんな目指す
なぜか?出ると賢くなるからだ

そこが一般の大学と違う所だ


フランスの大学はかなり安く学費を抑えられるようにできているのだが
「グランゼコールは違う」お金をしっかりとる

なぜなら「エリートの学校」で「役に立つ教育をしてる」からだ


<エリートてぶっちゃけなにすりゃいいのさ?>

エリートは自分で名乗ってもいいけどそれじゃあばかみたいだからせめて周りの人たちに
「〇〇くんてエリートだよね」と言わせたい

じゃあ、何すりゃ良い?


○潔く死ぬ
やっぱ死に際大事よな
慌ててオロオロしてたらエリートとはいえない
またうろたえないことでみんなが「あいつすげえ」と思ってくれる

〇深い学識
やはり教養は一朝一夕には身につかないからインテリ気取るには必要不可欠なものだ
ことあるごとに教養をひけらかすとよい

○やたらシェイクスピアを引用するw
なぜか知らんが西欧人はシェイクスピアを引用したがる
娯楽小説にしても映画にしてもそうだが、あいつらバカの一つ覚えみたいにシェイクスピアを
引用する
ロミオとジュリエットとかベニスの商人とかよく使われてる

〇見栄えをよく
常に身だしなみは大事だ、やはり重要な時にはおパンツは常に新品を着用するとよい
また靴の先から髪の毛の先まで油断してはいけない
靴は磨く髪はとかす歯は磨く爪は切るハゲはかつらかぶる

〇誰も知らない難しい単語を言っていきなり周りが「えっ!?」てなるのを楽しむ

知識とは持っている人が持たない人をばかにするための道具の一つでも有る

とは言えやりすぎると嫌われるから注意なw

〇体力がある

体力は大事だ、やはりみんなの先頭に立つには体力がないとダメだ
そう、逃げ馬
最初に飛び出て最初にゴール、これに尽きる勝利はあるかね?
体力があるから勉強できるし体育もできるのだ

〇好かれる
好かれる能力がエリートには不可欠だ
可愛がられるじゃなく、好かれる(直球)だ

エリートは誰からも愛される必要がある

〇武術の心得がある
これも大事で、歴史上の偉人もだいたいなんか武術をしていた

江戸幕府末期の幕府の大老井伊直弼は居合を学んでいた(けど襲われて死んだ)

やはりエリートは武術の心得が必要だと私は思う、しかも柔道とか、剣道みたいな去勢された武術じゃダメで、
ほんとの武術が望ましい

じゃないと命の危機に陥った時生き残れない

<最後に日本はどうかな?>

潔くないやつが多い、いやほんと
ただの法律学科でしかない東大法学部をエリート扱いしてんだからそのレベルの低さよw(世界四九位)
社長も政治家も学はないし、教養もない
簡単な漢字すら読めないから逆に国民が驚いちゃうレベルw
パンツ汚そうなやつばっかだし
顔が汚い政治家多すぎだろw小沢とか石破とか麻生とかなんだありゃ

エリート教育をしないからあほな封建的な世襲がまかり通ってしまうのだ