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車内では静かに、去勢される日本人

日本人は去勢された民族だ

教育で去勢されるのだ

だから、誰かに刃向かうことはないし歯向かう人を迷惑とか、大人げないとかいい、ひどい場合だと「まあまあ」とか「声が大きい」とか、何の解決にもならない「ただ静かにさせるだけ」の対応を取る

疑問は許されないし質問の機会も与えない

誰も自分の意見がないし言わないのだ

これで「社会が」「日本が」とかちゃんちゃらおかしい

学校、移動中の電車、バス、職場

静かに、静かに、静かに

都合のいい扱いやすさだ

日本人は去勢され家畜化されている

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母校から嫌われてる総理大臣

総理大臣が大学から出ると、普通在校生も自分たちの誇りに思う、あるいは理想に思う
しかし、そうじゃない人もいる悲しいなぁ

1977年度成蹊大学法学部政治学科卒業生、安倍晋三さん

私たち成蹊大学後輩一同は、あなたの安全保障関連法案における、学問を愚弄し、民主主義を否定する態度に怒りを覚え、また政治学を学んだとはにわかに信じがたい無知さに同窓生として恥ずかしさを禁じえません。

日本国憲法に、集団的自衛権の行使を基礎づける条文が存在しないことを、私たちは成蹊大学で学んでいます。

憲法を、時の総理大臣が自らを責任者と称し解釈で改憲することは、法の支配に反する行為であると、私たちは成蹊大学で学んでいます。

日本国憲法は、アメリカによって押し付けられた恥ずかしいものなどではなく、日本国民が自ら選び取り70年間維持してきたものだと、私たちは成蹊大学で学んでいます。

そして、私たち成蹊大学生は、憲法学を机上の空論などと考え学者の意見を軽視することなどはせず、学問が蓄積してきた知識を大切にしています。

あなたは、本当に成蹊大学で学ばれたのでしょうか。

知っていますか。就職活動の際、自己紹介で母校の名前を答えると「ああ、安倍晋三のね」と冷笑されることを。その冷笑に含まれている意味を考えてみてください。

安倍晋三さん、あなたは成蹊大学の誇りなどではなく、ただその無知で不遜な振る舞いによって、私たちの大学の名誉と伝統に泥を塗っているのです。


私たち成蹊大学生は、先輩・安倍晋三さんの立憲主義を否定する態度に反対し、安全保障関連法案の廃案を求めます。



平成27年9月13日 発起人・成蹊大学法学部政治学科4年 秋山直斗



名前出したら笑われる卒業生ってwww

そう言えば東大は鳩山由紀夫総理大臣の卒業された大学なのでさぞ頭いいに違いないと思っていた民主党時代を思い出した

混ぜるな危険資本主義と共産主義

子供の医療費無料化とか、授業料無償化、それから大学無償化とか、完全に日本人は間違った方向へ向かおうとしている

それは、日本国が教育分野において社会主義的な方向に向かうというもので、
私がいいたいのは、社会構造の中で一体性を欠いた「いいとこどり」のバケモノづくりに政府が邁進している
ということだ

これは混ぜるな危険という塩素系と酸素系の洗剤を混ぜると化学反応の結果塩素ガスが発生するというようなものだ
化学反応と同じく、社会構造も「混ぜると危険」になることをわすれてはいけない

例えば共産主義で実際に実験された集団農場は、山奥の村で食べ物を自給自足して、鶏と豚を飼い卵と肉を食べ、米や麦や野菜をつくり着るものは自分たちで機織りで作るこういう時代なら、ある意味自己完結的な経済だったが、ソビエトロシアのように世界有数の巨大な国で技術革新も進んだ後の経済には適用するにはシンプルすぎた

生産物が多品種で大量生産する時代には、集団農場はもはや適さなかったのだ

自己完結を理想とするのが共産主義で社会主義である

家族的農業体は広大なロシアを大規模に耕すことに向かない

なぜなら20世紀の農業は人力や牛や馬の力を使うのをやめて、機械化する為の設備投資の借金を農家に強要した

つまり、あらゆる段階で機械を使う

穀物であれば種まきから脱穀作業までだ

20世紀初頭の当時、アメリカでは借り入れたお金でトラクターを買い、土地を開拓して大勢の人たちが
広大な土地を耕し始めた時代だ

しかし、ロシア人は当時共産主義を標榜していたから「銀行」なんてものは計画経済の為のものであり、
政府の指図に従うためのものであったし、土地も政府の所有だったので、やる気があっても、
土地を買い集めたり、借入金を使うことができなかった

つまり自己完結を目指したシステムは、規模が拡大すると自滅してしまう、
借入金という他人の力を使えないからだ


だから製造業の製造設備も同様で「巨大な製油所」とか「アルミの精錬工場」「発電所」はできても、
ジュエリーブランドや高級カバン工場はできない

その証拠に現代でもロシアには世界最大規模のアルミ会社(ルサール)や石油会社(ガスプロム)はあっても、
著名なジュエリーブランドはない


しかし、資本主義経済にも悪い点はあるやり過ぎる点だ

それがアメリカのダストボウルだ

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ダストボウル(英語: Dust Bowl)は、1931年から1939年にかけ、アメリカ中西部の大平原地帯で、断続的に発生した砂嵐である。

環境を無視した耕地化を原因とする、天災というよりは人災に近い現象である[1]。アメリカ中部の大平原地帯は、白人の入植以前は一面の大草原であった。大平原にやってきた白人農民は、作物を植えるため表土を抑えていた草をスキ込みによってはぎ取り、地表を露出させた。地表は直射日光に曝され、乾燥して土埃になり、風が吹くと空中に舞いあがり、土埃の巨大な黒雲となった。雲ははるばるシカゴの空まで届いて空を真っ黒く覆い、吹き飛ばされた表土の大部分は大西洋へ吹き流されて完全に失われた。
ダストボウル2017年12月26日

アメリカ中西部農業の崩壊
世界恐慌に加えてこの災害の被害を受けたことで、テキサス州、アーカンソー州、オクラホマ州などグレートプレーンズでは多くの土地で農業が崩壊し、農家は離農を余儀なくされた。350万人が移住し、多くは職を探しにカリフォルニア州などの西部へ移住した。

移住は非常に大規模であった。オクラホマ州では15%の人口がカリフォルニア州だけではなく、テキサス州、カンザス州、ニューメキシコ州へ移住した。オクラホマ州からの移住者である彼らは、少なくとも30万から40万人と見積もられる。彼らは「オーキー(英語版)(Okie)」と呼ばれ、この呼称は現在でもまだ軽蔑的なニュアンスで使用される。
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ダストボウルは資本主義の悪い点を示している

資本主義では、採算が合う限り借り入れができるそして計算が狂った時に酷いことが起きるそれが自由市場であり、自由経済だ

現在ではビットコインですら借金で買う人がいるし買うことができる(やばいなw)




これは歴史上のよく持ち出される例だが、日本でも同様の事を今もやってる

例えば医療がそうだ、日本では医療の提供は自由市場なのに、支払いは社会主義だ

だから医師は好きなところで勤務できるから田舎では医師不足だし、みんながしょうもない理由で病院に行き、
飲まないクスリをテーブルの上や冷蔵庫のなかに置きっぱなしにする

これは混ぜるから危険そのものである

社会主義は小規模だと自己完結できる、そして資本主義は採算があうかぎり行くとこまで行き採算が狂うと酷いことになる




だから当然、日本の医療システムは日本のように人口の多い国民を管理しきれず、
医師には勤務場所の自由と薬をいくらでも出す自由があるからバカみたいに医療費が増大する

だから、経済システムは混ぜてはいけないのだ

自由経済方向に持っていきたいなら企業の提供する医療保険制度にするべきだし、
社会主義方向に持っていきたいなら医師の権利と所得を制限病院の集約化をするべきだ

と、いいたいけど日本政府はどちらもできないだろう

知っている法則に従わないのも人間の行動原理の一つだ

エリート教育をしない世襲全盛の時代の今の日本

エリートてなんだろ?

エリート教育について今回は書く

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エリートというとミリオタは精鋭部隊のアメリカ軍のシールズとか、イギリスのSAS、ドイツのWaffenSSなどが思いつく

フランス人だったらグランゼコールを出た人を言うのだろうか?

日本人だと企業で出世コースにあるような人だろうか…

イギリスとかだと寄宿舎付きの学校を出たええとこのこかな

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世界にはエリートと呼ばれるものがいくつか有るが、今回は人間社会におけるエリートについてかく

つまり選抜され特別な教育を与えられた人たちで特殊な任務に従事する人、人たちだ

そして日本と比較していく

<1.こんなにあるぞ世界の選抜方法>

エリートは選び抜かれた人という意味がある、だからまず選抜方法が大事だ
シールズ訓練2017年12月2日午前9時11分
ネイビーシールズは息継ぎ無しで50m泳げないといけない

また、イギリスSASは25kgの荷物を背負って冬の山道を60kmも歩く試練が有る

ドイツ軍のWaffenSS(武装親衛隊)は数世代に遡って、自分がユダヤ人の血が入っていないことが説明できないといけなかった
また、身長も173以上ないといけなくて、虫歯があっても入れなかった(この基準だとヒトラーもゲッペルスも入れないw)

フランスのグランゼコールは試験だけで頭痛くなる

要約すると
・テーマに対しての自分の意見を論文形式で書く
・数十ページの外国語のテキストの翻訳(翻訳家か?)
・論文を読んでそれに対する説明、討論

入学試験
CPGEを卒業したものは、グランゼコールの選抜試験へと進む。選抜試験は、筆記(論文形式)と面接による試験である。試験内容は、専攻する学問に関連する領域における論文を記述するもの。

例えば高等師範学校(文系)の場合には試験は二次に渡って実施される。一次試験では歴史学、哲学、社会学などの領域を対象(専攻領域によって対象は異なる)として、「××(歴史的な出来事)のフランスにおける意義」と言った広汎な設問に対して論理的かつ詳細な論述が求められ、同時に数十ページに渡る外国語テキストの翻訳の語学試験(二カ国語以上)も実施される。試験時間は論述試験は一領域あたり6時間程度、語学は4時間程度を要するため、一週間程度の期間に連続して試験を受けることになる。この一次試験を通過した後に一次試験と同様の二次の論述試験と共に、数時間で論文を読破した後にその内容に関する詳細な説明や討論が求められる面接試験が実施される。したがって、面接試験と言っても日本における面接試験のような、志望動機や入学するに当たっての希望や心構えなどが尋ねられることはない。


頭いい人を削ぎ落として、削ぎ落とす

これがグランゼコールかw

ではグランゼコールの例題を出そう

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”Le langage n’est-il qu’un outil ?”(言語は道具に過ぎないのか?)

試験時間4時間         ちなみに計算機の使用は禁止
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え?てなる

こんな問題出てきたら日本人には「はい」か「いいえ」しか書けない

フランス人エリートはこれをとく

2.こんなにもらえるエリートの特権

〇ドイツ軍の武装親衛隊は常に最新の武器を与えられていたことで有名で、その強い悪役イメージの醸成に一役買っている

まず戦車、装甲車の配備も最初に行われるから一般部隊からすれば『ズルい」の一言だ

有名なティーガーⅡやパンターなど、武装親衛隊は優良な装備を持つことで常に攻撃の焦点に向けて用いられた

〇グランゼコールを出るといきなり大企業の幹部になることも珍しくない
グランゼコールは実業学校だ
だから大学と違う
だから大卒資格は得られない
でもなぜかみんな目指す
なぜか?出ると賢くなるからだ

そこが一般の大学と違う所だ


フランスの大学はかなり安く学費を抑えられるようにできているのだが
「グランゼコールは違う」お金をしっかりとる

なぜなら「エリートの学校」で「役に立つ教育をしてる」からだ


<エリートてぶっちゃけなにすりゃいいのさ?>

エリートは自分で名乗ってもいいけどそれじゃあばかみたいだからせめて周りの人たちに
「〇〇くんてエリートだよね」と言わせたい

じゃあ、何すりゃ良い?


○潔く死ぬ
やっぱ死に際大事よな
慌ててオロオロしてたらエリートとはいえない
またうろたえないことでみんなが「あいつすげえ」と思ってくれる

〇深い学識
やはり教養は一朝一夕には身につかないからインテリ気取るには必要不可欠なものだ
ことあるごとに教養をひけらかすとよい

○やたらシェイクスピアを引用するw
なぜか知らんが西欧人はシェイクスピアを引用したがる
娯楽小説にしても映画にしてもそうだが、あいつらバカの一つ覚えみたいにシェイクスピアを
引用する
ロミオとジュリエットとかベニスの商人とかよく使われてる

〇見栄えをよく
常に身だしなみは大事だ、やはり重要な時にはおパンツは常に新品を着用するとよい
また靴の先から髪の毛の先まで油断してはいけない
靴は磨く髪はとかす歯は磨く爪は切るハゲはかつらかぶる

〇誰も知らない難しい単語を言っていきなり周りが「えっ!?」てなるのを楽しむ

知識とは持っている人が持たない人をばかにするための道具の一つでも有る

とは言えやりすぎると嫌われるから注意なw

〇体力がある

体力は大事だ、やはりみんなの先頭に立つには体力がないとダメだ
そう、逃げ馬
最初に飛び出て最初にゴール、これに尽きる勝利はあるかね?
体力があるから勉強できるし体育もできるのだ

〇好かれる
好かれる能力がエリートには不可欠だ
可愛がられるじゃなく、好かれる(直球)だ

エリートは誰からも愛される必要がある

〇武術の心得がある
これも大事で、歴史上の偉人もだいたいなんか武術をしていた

江戸幕府末期の幕府の大老井伊直弼は居合を学んでいた(けど襲われて死んだ)

やはりエリートは武術の心得が必要だと私は思う、しかも柔道とか、剣道みたいな去勢された武術じゃダメで、
ほんとの武術が望ましい

じゃないと命の危機に陥った時生き残れない

<最後に日本はどうかな?>

潔くないやつが多い、いやほんと
ただの法律学科でしかない東大法学部をエリート扱いしてんだからそのレベルの低さよw(世界四九位)
社長も政治家も学はないし、教養もない
簡単な漢字すら読めないから逆に国民が驚いちゃうレベルw
パンツ汚そうなやつばっかだし
顔が汚い政治家多すぎだろw小沢とか石破とか麻生とかなんだありゃ

エリート教育をしないからあほな封建的な世襲がまかり通ってしまうのだ

日本人からリーダーシップがなくなったのはいつか?

日本人にリーダーシップがなくなったのはいつでしょう?

私は西南戦争以降から実力主義から学歴主義に変化した中で徐々に変化したものと思います

教育自体が「一点もの」の教育から「大量生産」に変化してしまいました

例えば先生と生徒の数がそうで、位の高い武士は家庭教師を付けて子弟を教育しましたから、文字通り個別指導でした、また、下級武士も現代のように30人クラスのような大雑把なものではなく武士の住む地区ごとの数人ごとのごく小規模な教育をうけていました
茶畑2017年5月12日

当然ですが先生一人あたりの生徒数が少ないほどきめ細かく指導できます

また、一定以上の位の武士の家には年末年始や行事があると大勢のお客や家臣が来ますから礼儀作法も身につきます

さらに当時は階級社会なので、子供でも家が武士と言うだけで農家のおじいさんが敬語を使ってくる時代です、子供と言えどヘラヘラできない時代でした

これは商人や農家でもだいたい同じです

階級社会では社会の中での自分の階級に合う立ち振る舞うをしないと行けない時代でした

当時みんな、自分の階級っぽい立ち居振る舞いをする中で、武士や庄屋、商人の一部の人達は
皆から尊敬の念を持たれるようになりみんなを率いるものが現れていました
それは完全に実力と人望に基づくものでした

ですから、リーダーシップが「あるように」振る舞うよう当時の人たちは心がけていたのです
リーダーシップがあるように見せようと頑張ってただけなのです


一方、各地に(経理・機械など)専門学校や大学ができると話は変わります

それまでの「立派な人っぽく見せる」という努力がいつの間にか
大卒資格や専門学校での技術という数字や免許状で表せるものに変わってしまいました

これは軍人も同じで、明治維新の戊辰戦争に参加していない士官にとっては、
士官学校卒業時の順位だけが自分の実力の「証明」になります

ですから、次第に日本人から「リーダーシップ」は失われ「資格」「点数」「免許状」が幅を利かせる時代になったのです。