足切り落とされて反省?するわけねーだろwww

今回はアンデルセンの赤い靴についての疑問

【 赤いくつ 】
デンマークの世界的な童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの創作童話。
貧しい少女カーレンは、病気の母親と2人暮らし。ある日、靴を持たない彼女は足に怪我をしたところを靴屋のおかみさんに助けられ、赤い靴を作ってもらう。その直後、看病も虚しく母親は死んでしまった。カーレンは母親の葬儀に赤い靴を履いて出席し、それを見咎めた老婦人は彼女の境遇に同情して養女にした。

裕福な老婦人のもとで育てられたカーレンは、町一番の美しい娘に成長した。ある日、靴屋の店先に綺麗な赤い靴を見つけたカーレンは、老婦人の目を盗んで買ってしまう。戒律上無彩色の服装で出席しなければならない筈の教会にも、その赤い靴を履いて行き、老婦人にたしなめられる。それでもまたカーレンは教会に赤い靴を履いていく。老婦人が死の床についているときにさえ、カーレンはその靴を履いて舞踏会に出かけてしまう。すると不思議なことにカーレンの足は勝手に踊り続け、靴を脱ぐことも出来なくなる。カーレンは死ぬまで踊り続ける呪いをかけられたのだった。

夜も昼もカーレンは踊り続けなくてはならなかった。カーレンが看病しなかったばかりに亡くなった老婦人の葬儀にも出席できず、身も心も疲弊してしまう。とうとう呪いを免れるため首斬り役人に依頼して両足首を切断してもらう。すると切り離された両足と赤い靴はカーレンを置いて、踊りながら遠くへ去ってしまった。

心を入れ替えたカーレンは不自由な体で教会のボランティアに励む毎日を送る。ある日、眼前に天使が顕現し、罪を赦されたことを知ったカーレンは、法悦のうちに天へ召されていった。


疑問なのは主人公のカーレンは生まれた時点で貧しいし親も病気で不幸だ
靴を履くことすらできない
「足をけがしたことをきっかけに貰った赤い靴で葬儀に参列した」わけだが、
ここが疑問、そもそも貧乏人はアンデルセンの生きた1800年代、葬儀などロクに上げられなかった、
村の牧師(プロテスタントなら)が一言ありがたいことを言って、粗末な棺桶に入れて埋められて、形ばかりの十字架を立てるだけだった

だからそもそも赤い靴を履いていてもそれを咎める老婦人が来るはずがないのだ

これはアメリカでもそうでアメリカのPrudential(プルデンシャル)生命保険を創業したジョンFドライデンが生きた1875年でも人々は葬式の墓堀人を雇うことすらできない生活を送っていた

アメリカのプルデンシャルは最初、簡易保険としてスタートしたがそれは単に「葬儀」をするためだけの保険だった


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1875年、プルデンシャル・ファイナンシャルは、「プルデンシャル・フレンドリー・ソサエティー」として創業しました。創業者ジョン・F・ドライデンの掲げた基本理念は、「社会の絆である人間愛と家族愛の不朽の原理を実現すること」でした。
その当時のアメリカは、経済恐慌とそれに続く不況の時代でした。更に移民の大量流入により都市はスラムと化し、その不衛生な生活環境は庶民の死亡率悪化を招いていました。
一般の庶民は、現在のアメリカからは想像もつかないほど、貧しく悲惨な生活を強いられており、家族の埋葬費を捻出することさえ困難な状況でした。
しかし当時の生命保険は掛金・保険金とも高額で、一握りの裕福な上流階級の人々が加入しているにすぎませんでした。
ジョン・F・ドライデンは、このような社会の切実なニーズに応えるために、当時イギリスで普及していた労働者保険の導入に努力し、「3 Cents A Week」、つまり、週に3セントという非常に安い掛金で加入できる労働者保険をアメリカで初めて販売したのです。
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カーレンは老婦人に拾われた後、カーレンは教会にも舞踏会にもお気に入りの赤い靴ででかけてしまう


これは貧乏出身の人にありがちなパターンだ、子供の頃服を与えられていない人はワンシーズン同じ服で過ごす傾向があるwwwカーレンも美人に育ったとは言え、そのくせが抜けていない
何しろ貧乏性と、ファッションセンスが無いからしかたないのだwww

私もそうだが5万円持って服屋に入ってもなにも買わずに出て来る

貧乏性ってそんなもんww

そしてお婆さんは死ぬわけだがカーレンがもし実在するならお婆さんに対して悲しむだろうか?




それは無理だ、踊り続けていると「余計なこと」を考える余裕はなくなる

カーレンは踊り続けているんだから泣いてる暇はない

大体お婆さんとは他人で死にかけのときですら舞踏会に行くほど疎遠なのに悲しむわけはない


アンデルセンは古い人間だから、こんな信心のないやつは足切り落とされて当然と思うかもしれないが

カーレンみたいな女は多分「死んでも反省しない」と思う



カーレンは最初から不幸なんだしどうせなら世界の最後まで踊ればいい
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予知能力だけでは不足だ カサンドラ

古代、ギリシャでは神は人々の間にいてともに暮らし助言や力を授けたり結婚することもあった。

そんな中ゼウスの息子アポロンから予知能力を受け取ったのがトロイアの王女カサンドラである。

アポロンから愛されたカサンドラはアポローンの恋人になる代わりに予言能力を授かった。しかし予言の力を授かった瞬間、アポローンの愛が冷めて自分を捨て去ってゆく未来が見えてしまったため、アポローンの愛を拒絶してしまう。憤慨したアポローンは、「カッサンドラーの予言を誰も信じないように」という呪いをかけてしまった。カッサンドラーは、パリスがヘレネーをさらってきたときも、トロイアの木馬をイリオス市民が市内に運び込もうとしたときも、これらが破滅につながることを予言して抗議したが、誰も信じなかった。

ここで2つの矛盾がある、
カサンドラに予知能力を与えたアポロンはカサンドラが離れていく未来が予知できなかったのか?
カサンドラが持っていた予知能力は結局無駄だったのか?

1つ目のアポロンの予知能力については「干渉」による変化を読み取れなかったということだ。
現在進行形の世界では、全て相互干渉的であり、つまり、状況を観察していても、自分が手を加える、あるいは参加すれば前提が変化するということなのかなぁと思う。
そして、その変化は神でも見通せないということか?



2つ目のカサンドラの予知能力である。
カサンドラはトロイアの王族である、男尊女卑の当時であっても他の人よりは発言力があったと思うのだが、
トロイア人達が木馬を城内に運びこむのを止めることはできなかった。

カサンドラの悲劇は将来が不確実なことと、説得力の必要性を私達に教えてくれる